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『ミニストリー』の八木谷(8) [伝道]

 キリスト新聞社の季刊誌『ミニストリー』に連載されていた、八木谷涼子の「新来者が行く ノンクリスチャン・八木谷涼子の教会ウォッチ」の、わたしの関心からの総まとめ、その8。

 八木谷涼子のサイト「くりホン キリスト教教派の森」の中の「「万年教会新来者」の声」のページも参照。雑誌の記事以上のことが書かれている。

 記事の引用や指摘されている点をわたしなりに言い換えた紹介は「八」、わたしのコメント、補足、お詫びは「私」と記す。

ミニストリーvol.8(2011冬)

「新来者とお葬式」

八: 葬儀には新来者が多く出席する。葬儀における新来者への対応を平時に考えておく。

八: 唱えたり歌ったりする言葉は、すべて式次第にプリントを。ふりがな付きで。

八: 待ち時間に読めるような、簡単なキリスト教案内を式次第に組み込んでおくのもよい。

私: 教会案内や「キリスト教葬儀リーフレット」を式次第と一緒にお渡しする方法がありますね。


 もっと聞きたい、こんなこと

八: キリスト教では死んだらどこへ行くのか。

私: 私は「神の御許(みもと)に行く。」と言うことにしています。「天国」というと、日本人が何となくイメージするのは極楽浄土と変わりなかったりするので。聖書の表現に即した信仰理解としては、「眠りに就いた」ということです。

 眠りに就いているのであれば、やがて目覚める時が来ます。重要なことは、やがて、神さまの御計画によって救いが完成される時が来たら、新しい体と命が与えられて、もはや死も悪も罪もない世界に生きるようにされるということを語ることです。

 いきなり「わたしたちも復活します」とか「わたしたちもよみがえらせていただけるのです」と言うと普段そういう話を聞き慣れていない方は引いてしまうので、丁寧に語ろうと心がけています。


八: 死期の迫った人を教会はどう支えているのか。

私: この点をもっと語ってよいとは刮目でした。ただ、最期の時が来る経過は一人ひとり全く異なります。時間的問題で、病状で、ご家族の状況で、牧師の都合、教会の都合で、訪問できた場合、できなかった場合などいろいろあって、他の人よりも頻繁にケアできる場合とできない場合があって、あまり語れないこともあります。

私: 本人よりも家族の支えが重要な場合もありますね。

私: それから、「教会が支える」という観点は大切ですね。牧師一人で抱えることになってしまいがちです。教会員が代わる代わる訪問して手厚く配慮していても、牧師に来てくれないとダメみたいな。


八: 天寿を全うしたとは言えないようなケースは、どう理解するのか。

私: 夭折や早世したことに、あるいは事故などで急死したことに、神の御計画だとか、人間には分からない何か深い意味があるなどと、無理に意味を見出すことはできないでしょう。しかし、不慮の出来事で命を落としても、神はその命を、決して滅びるに任せはなさらず、御許に救い上げてくださるお方です。残された者たちがそのような神の恵みを信じ、神に感謝します。まさに葬儀は、そのために神を礼拝する時です。


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