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地域の子供たちに礼拝を (次世代のために その2) [教会]

(「次世代のために その1」に関連して、以前書いた記事を以下に。)

 私の仕える教会では、教会学校の礼拝に、教会員の子や孫、そして、キリスト教学校の生徒たちが出席している。しかし地域に住む子どもたちは少ない。近隣に住む子どもたちが礼拝に出席するようになるために何をしたらよいだろうか。

 そのとき、次のようなことを思う。比較的都市部近郊で暮らす一般家庭で、日曜日の朝九時前から子どもだけで外出するだろうか。親と一緒であっても、まだ早朝と言える時間帯から出かけるだろうか。休みの日には朝から子どもたちだけで外を走り回っていたような時代ではなくなっている。まして現代は、休日も親と一緒に出かけることが多いのではないか。かつては、子どもに伝道すれば後から親も教会に来ると考えられていたかもしれないが、今は親の許可がなければ子どもは教会に来ることができない。

 ではどうすればよいのだろうか。第一に、子どもにとって魅力のある礼拝を献げなければならない。早朝からであっても礼拝を休んだら損をすると思うような礼拝である。もちろん、礼拝の魅力とはキリストの魅力であり、復活の主の命に生きることの魅力である。そのために、CS教師の説教の学びを繰り返し、礼拝の言葉と流れを整え続け、賛美を工夫し綿密に準備しなければならない。

 第二に、親に理解・関心を深めていただくべく努力しなければならない。休日の早朝から安心して子どもを送り出せる信頼と、子どもの成長に益する神礼拝への期待を得るために、地域への定期的なトラクト配布、親向けの便りの発行、親子礼拝の実施など、親に向けた積極的なアプローチが欠かせない。その他、参加しやすいイベントの実施や教会の開放といった、敷居を低くする活動も不可欠である。

 これらと合わせて第三に、親と子が一緒に出席できる時間帯に礼拝を行うことを考える必要もあるのではないだろうか。とすると、朝十時半からの礼拝に大人と一緒に子どもも出席するようにするか、あるいは、同じ時間帯に同時に子どもの礼拝を行うか、決断が求められる。いずれにしても、主日の午前中の時間割全体の組み直しが必要である。教会員全員の理解と祈りがなければ乗り越えられないが、他の教会ではどう考えて実践しているのか情報交換もしたい課題である。

(『教会学校教案』2009.10、日本基督教団福音主義教会連合の巻頭言として寄稿したもの)


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若者たち・子どもたちに、教会を。(次世代のために その1) [教会]

1.雑誌を買わない私が現在唯一購読している「ミニストリー」誌(季刊、キリスト新聞社)に次のような記事があった。
礼拝の時間や教会の集会の持ち方など、教会が社会の変化に対応していく方法を考えたい・・・。既存の『教会システム』に、生活パターンや思考の違う若い世代がなぜ入ってこないのかと嘆くよりも、その世代も自然に無理なく来られる教会を目指すことの方が大切だ・・・。」
「Ministry」、vol.6、キリスト新聞社、2010年夏号、p.12より。

2.そのとおり、教会が従来のままでそこに若い人たちを何とか引き込もうとしても無理がある。逆に、現代の若い人たち向けに教会を変えていかなければならない。
  礼拝のスタイル(堅苦しいのは何とかならないの?)
  礼拝が行われる時間(日曜の朝9時から礼拝しても、まだ若者は寝ている時間だよ)
  用いられる音楽(やっぱ、ノリのいい音楽じゃないと)
  「青年会」「教会学校」という枠組み(18~19の青年から30代後半、40代、場合によって50代まで同じ「青年会」ではやってられないよ)

3.子どもについては、次のようなことを思う。比較的都市部近郊で暮らす一般家庭で、日曜日の朝九時前から子どもだけで外出するだろうか。親と一緒であっても、まだ早朝と言える時間帯から出かけるだろうか。休みの日には朝から子どもたちだけで外を走り回っていたような時代ではなくなっている。まして現代は、休日も親と一緒に出かけることが多いのではないか。かつては、子どもに伝道すれば後から親も教会に来ると考えられていたかもしれないが、今は親の許可がなければ子どもは教会に来ることができない。

4.そういうわけで、若者たち・子どもたちを教会に何とか連れてくるのではなく、若者たち・子どもたちにふさわしい教会を提供していく必要がある。その意味で、「若者たちを教会に」ではなく「若者たちに教会を」であり、「子どもたちを教会に」ではなく「子どもたちに教会を」である。


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ダビデとゴリアト(3) [聖書と釈義]

1.この物語は、「柔よく剛を制す」とか「武蔵と小次郎」、「弁慶と牛若丸」といった感じであって、そのような意味でよく引用される。そのこと自体は悪いことではない。しかし、単なる昔話ではないだろう。いったい、聖書の中でどのような意味を持っているだろうか。

2.戦いを知らない「姿の美しい少年」であるダビデがペリシテ人を打ち倒したことに、イスラエルの民の歩みが象徴されている。すなわち、イスラエルの民は貧弱な民(申命記7:7)であったが、このダビデを王として、諸国からの侵略を退けて国家を建設してゆくのである。
 この出来事を通してイスラエルの民は、自分たちの「剣や槍」ではなく神の意志によって、敵の脅威から救われる民とされてゆく。主なる神によって特別に選び出されたイスラエルの民を存続させるのは、主御自身である。

3.以上のことが、サムエル記上17:47の「主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされない」という言葉に表されている。この言葉は、次のように続く。この「ことを、ここに集まったすべての者は知るだろう。この戦いは主のものだ。」
 主御自身がイスラエルを救いつつ導いてくださることを、イスラエルの民も知らなければならないし、そのように主によって救われつつ導かれる民が地上にあることを、周囲の他の者たちも知らなければならない。ゴリアトの挑戦は、このことに反しているゆえ、ダビデはゴリアトを「生ける神の戦列に挑戦する」者と言う(26、36節)。
 したがって、「この戦いは主のものだ」という言葉も、ダビデが自己正当化していわゆる聖戦であるかのように言っているのではなく、イスラエルの民への主の御計画と御業がダビデを通して示されていると見るべきである。

4.そういうわけでダビデとゴリアトの出来事は、“神への堅い信仰があれば、この世の策略などなくても、力が弱くても、困難な現実に打ち勝つことができる”という安易な教えを語っているのではない。ダビデのように立派な信仰を持って、この世の困難を乗り越えていきましょうということではない。
 イスラエルの民という限定を超えて、キリスト教会は神の意志によって救いをいただいている集いである。教会は世に救いの御国を顕していくが、それは、この世の知恵によらずただ神の力による。そして、教会に集められた者たちは、何ら自分を誇ることなく、かえって自らを小さく取るに足らない者と認める。

ダビデとゴリアト(2) [聖書と釈義]

ダビデとゴリアトの物語についてのテキスト上の問題

1.サムエル記上17章の後、サムエル記上21:10、22:10ではダビデがゴリアトを倒したとされているが、サムエル記下21:19では、エルハナンがゴリアトを倒したことになっている。歴代誌上20:5では、エルハナンが倒したのはゴリアトの兄弟ラフミになっている。
 歴代誌の記述は全体的に、サムエル記と列王記を資料としつつ、独自の視点で書き換えられているので、サムエル記上17章と矛盾しないようにサムエル記下21:19を書き換えたと理解できる。すると、残るのは、ゴリアトを倒したのはダビデだという記述と、エルハナンだという記述の相違である。同じサムエル記の中でなぜ矛盾した記述があるのだろうか。
 よく世間で、聖書はそれを信奉する宗教によって都合よく書き換えられているという説が見受けられるが、ダビデとエルハナンの矛盾が残されている事実は、聖書はそのような恣意的な作業によって成立したのではなく、様々な伝承を経て歴史の経過の中で成立したことの一つの証左であり、表面的には矛盾を残しつつも、根底に何か意図があると見るべきであろう。
 この箇所は、エルハナンがゴリアトを倒したという言い伝えがあって、それが、ペリシテ人を打ち破ってイスラエルの国家を堅固にしたダビデの物語と結びついたと理解できる。

2.この物語は、16章でダビデが油を注がれたことを全く前提にしておらず、17:12以下であらためてダビデを紹介している。さらに、55~58節では、サウルとダビデは全く面識がない関係として記されている。これらの部分、すなわち、12~31節、55~18:5は、七十人訳聖書において欠けている。このことは、この物語について二つの伝承があって、それらが七十人訳聖書の成立以降に組み合わされたと考えることができる。
 ここでも、表面的には矛盾をはらみつつも二つの伝承が結合されるという仕方でサムエル記が編集されたことには、何か意味があると見るべきである。

3.ちなみに、KJVでは、サムエル記下21:19でもエルカナンを倒したのはゴリアトの兄弟ラフミということになっている。このような異読はBHS4版にもRahlfsの1巻本の七十人訳にも注記されていない。おそらく、歴代誌上の記述をサムエル記下に持ってくることで、サムエル記上17章との矛盾を解消しようとしたものであろう。KJVが最初かどうかはわからない(もしかしたら、KJVの以前にすでにそのような訳があったのかもしれない)が、KJVが広く影響を及ぼしたことは否めないだろう。
 そのため、邦語訳聖書では、文語訳聖書がKJVと同様にサムエル記下21:19でエルカナンが倒したのはゴリアトの兄弟ラフミとしている。口語訳ではゴリアテに直っているものの、新改訳はKJVや文語訳のままである(新改訳第3版でも同じ)。

ダビデとゴリアト(1) [聖書と釈義]

1.2010年サッカーワールドカップ南アフリカ大会で、日本が6月14日のカメルーン戦に1-0で勝利した後、イビチャ・オシム(Ivica Osim)前日本代表監督は次のように語ったという。
「巨人ゴリアテの役割をカメルーンが担い、小柄なダビデを日本が担っていた。」
(この訳は読売新聞より。)

原文は、
"Cameroon played giant Goliath and Japan played tiny David."
TimesLIVEのサイトより。)

2.ダビデとゴリアト(日本で言い習わされている表記はゴリアテ。英語ではゴライアス。最後のスはthの発音)の話は、旧約聖書のサムエル記上17章にある。
 旧約聖書の民であるイスラエルにとって、ペリシテ人はことあるごとに敵対関係にあった(なお、カナンの地がパレスチナと呼ばれるようになったのは、ペリシテという地名に由来している)。
 イスラエルがサウル王の時代、ペリシテ人の中からゴリアテという身長約3mの巨人が一対一の一騎打ちを望んでイスラエル軍に呼ばわった。
 サウルとイスラエルの軍隊は恐れおののいたが、羊飼いで、姿の美しい紅顔の美少年であるダビデは、「獅子の手、熊の手から私を守ってくださった主は、あのペリシテ人からも、わたしを守ってくださるに違いありません。」と言って、結局鎧も兜も身に着けず、ただ小石を石投げ紐で飛ばしてゴリアテの額を打ち、ゴリアテを倒した。
 それ以降、ダビデは戦いに派遣されるようになり、そのたびに勝利を収めた。ダビデが町に帰還すると、女達は「サウルは千を討ち、ダビデは万を討った」と言って迎えた。このことがサウルを激怒させ、ダビデの命が狙われることとなったが、このことは、やがてサウルからダビデへと王位が移るきっかけとなった。また、ペリシテ人を退けることでイスラエルはパレスチナにおける国家的主権を確立することとなった。

神の存在の証明は不可能、しかし、神の存在を否定することも不可能 [信仰]

1.神は、人間の認識の対象を超えた超越者である。その意味で、神と人間は質的に断絶している。神は人間が定義することのできない「絶対他者」である。それゆえ、神が存在するとかしないとか議論する人間の思考の中で、神を捉えきることはできない。人間は、神の存在を証明することはできないし、神はいないとか神は死んだなどと否定することもできない。
 
2.では、どうして人間は神を知ることができているのだろうか。それは、神の方から私たちの認識の内に来てくださっていることによる。神は、御自身の方から私たち人間に、私たちと共にいます(「インマヌエル」)お方として現れてくださる。神はわたしたちと「我と汝」の関係として出会ってくださる人格的なお方である。
 神が私たちのところに来てくださるとき、ただ単に神を認識できるということに留まらず、神と出会い、神を絶対者、超越者であるどころか、救済の主として、喜んで認めることとなり、恐れおののきつつその御前にひれ伏し、感謝に溢れ、喜びに満たされる。
 そこでは、神が存在するとかしないとかはもはや問題とならない。神は私たちと共におられるという事実があるのみである。

3.そもそも神を超越者だとか絶対他者だとか人格的なお方だとかすることができるのも、人間が己の思考の内に神をそう定義したのではなく、このような神との出会いによって、与えられた認識である。神は、その存在を証明できるお方でもなければ、人間の思考や理性で捉えきれるお方でもない。しかし、神がどのようなお方であるか、神が人間に対して何をなされるのかを、神と出会った者は、神のすべてではなく、「鏡におぼろに映ったもの」のようにではあるが、理性でも捉え、思考することができる。
 神の人格と業とを理性でも捉えていくことを通して、わたしたちは、神をより知ることとなり、ますます、感謝と喜びが深まる。それが、信仰の学びや神学の営みである。

4.しかし、神の方から私たちと出会ってくださるなどということが、本当にあるのだろうか。実に、そのような神との出会いの場が、教会である。教会は、神が人間と出会ってくださるべく、神が建て給うところである。神の教会が世に存在しているならば、神はおられるのであり、私たちとと共におられる。
 それだから、教会は不断に、人間の理性や思考を神との出会いの先に立ててしまって自分たちが神を捉えたなどという高慢に陥らないように気をつけつつ、神との出会いの後(うしろ)から、理性的な思考を通して、理解を深め信仰を深め神への崇敬を深めていく。
タグ:神認識

宗教の絶対性と排他性――絶対性による相対化と排他的ゆえの普遍性 [宗教の神学]

1.信仰の対象の絶対性によって、信仰者は相対化される
信仰は、信じる者にとって自分自身の存在と生に関わる(もちろん死にも関わる)。他との比較との問題ではない。それゆえ、信仰は自ずから絶対的である。しかしその絶対性は、その人の信心の絶対性ではなく、信心の対象がもつ絶対性である。それが、信仰が絶対的であることの意味である。信じる者とその信心は、信じる対象の絶対性の前で相対化されて、信心や生き方がまったく改められ正され、理解が転換され、他者(異なる信仰を持った者も含めて)との関係についても、先入観や固定観念が打ち崩されていく。

2.信仰の対象の絶対性によって、宗教も相対化される
同様に宗教も、他の宗教と比較して自身を絶対化するのではなく、対象が絶対的であって、宗教は絶対的な対象に帰依する。対象が絶対的でなければ、他の宗教でも良いことになり、それでは、その宗教を信じる意味がなく、その宗教が存在する意義がない。
そして、宗教はその信仰の対象である絶対性を持ったもの(神)の前で相対化されて、信仰の対象である絶対的なもの(神)から批判を受ける。もし、このように自らを批判に晒すことがなければ、自分自身が絶対化された独善的で恐ろしい宗教団体となるだろうし、逆に、この相対化と批判を謙虚に受けるところにこそ、絶対者の臨在や出会いがある。

3.宗教とは排他的なもの
宗教は、一神であれ多神であれ、その信仰の対象に絶対性を見いだしている。そうであるならば、宗教は自ずと排他的である。この排他的ということも、他の宗教との関わりにおける排他性のことではなく、絶対的な対象との関わりによって規定されている性格である。そしてまた、上に述べたことと同様に、排他的でなければ他の宗教でも良いことになり、それでは、その宗教を信じる意味がなく、その宗教が存在する意義がない。宗教とは排他的なものなのである。
したがって、排他性を取り上げてこの宗教はだめだと言うことはできない。かえって、そのとき、そのような判断をくだす者が自らを諸宗教の上に立つ絶対的な存在としていないだろうか。

4.排他的ゆえの普遍性
絶対的で排他的であるからこそ、その宗教は、誰でも信じる者に救済を与える。絶対的で排他的な宗教の救済は普遍性を持つ(ここでの普遍性は、信じなくても救われるというような普遍性ではなく、信じるならば誰でもという普遍性である)。逆に言えば、普遍的な救済は、宗教の排他性の中にこそある。

以上、特に小田垣雅也のいくつかの論文に刺激されつつ。たとえば、
小田垣雅也「キリスト教と諸宗教の神学」in 古屋安雄編『なぜキリスト教か――中川秀恭八五歳記念論文集』、創文社、1993年。
小田垣雅也『憧憬の神学――キリスト教と現代思想』、創文社、2003年、pp.155-166、180-181あたり。
など。

旧約聖書の人口調査と礼拝出席者数のカウント [教会]

1.イスラエルの民が約束の地カナンに入る前に、人口が調査された。まず、エジプトを出て2年目に人口調査が行われた(民数記1~4章)が、その後40年間荒れ野をさまようことになったため(14:34)、40年目に再び人口調査が行われた(26章)。人口調査の目的は、約束の地で平等に土地を分配するためであった(26:53~56、33:53~54)。すべての者が等しく神から嗣業の土地を与えられるのである。

2.第一回人口調査の結果は1:46、2:32。第二回は26:51(いずれもレビ人を除く20歳以上の男子の総数)。60万という誇張された数は、大いなる民とするというアブラハムら族長たちに示された神の約束が、約束の地に入る時に至って成就していることを表している。

3.これとは別に、旧約聖書の中の重要な人口調査として、ダビデが行ったサムエル記下24章があるが、そこでは、人口を知ることは、主が民の数を星のように増やしてくださることに逆らう罪であった(歴代誌上27:23~24参照)。

4.クリスチャン人口は、不在会員とか他住会員などもあって、正確には計りきれない。教会によって会員数の数え方も異なる。それゆえ、クリスチャン人口や教会員数、礼拝出席者数の正確さや細かな増減にこだわっても意味がない。
それ以上に、ダビデの人口調査を通して教えられているように、主なる神が信じる者を夥しく起こしてくださり、すべての者が救いへと招かれていることに思いを向け、主に信頼して歩むことが重要である。
また、教会の規模や勢いの盛衰に一喜一憂するために礼拝出席者数や教会員数が調べられるのではなく、荒れ野での人口調査のように、すべての者が等しく御国の世継ぎとされていることを知るために、それらの統計が用いられるべきであろう。