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神学校便所論 [その他]

「神学校便所論」あるいは「神学校トイレ論」

「神学校は便所のようなところだ。いつまでもいるところではない。」


 左近淑によれば、東京神学大学で教えていた船水衛司の得意な話だった。

 これは、『左近淑著作集 第5巻 講演とエッセイ』(教文館、1993年)の中の「船水衛司先生を送る」という文章にある。


 『FEBC1566』2012年9月号(通巻381号)に、川島隆一の次のような話が掲載されていた。
 「学部が終わって大学院に進む時、当時の学長の竹森〔満佐一〕先生とトイレで隣り合ったものですから「実は私こういう状態で、このままでは続けられないので休学したい」というふうに言ったら先生が「神学校は便所のようなところだ。いつまでもいるところじゃない」って。」


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R.ニーバーについて [読書メモ]

ラインホールド・ニーバーについてのあれこれ抜き書きや、私なりの言い換え。

ここで参考にした本たち主に、ホーダーン(布施濤雄訳)、『現代キリスト教神学入門』、日本基督教団出版局、1969年。の第7章「アメリカ新正統主義――ラインホルド・ニーバー」から。

■ ニーバーの父
 ニーバーの父は、毎朝の家庭礼拝で、旧約聖書をヘブル語で、新約聖書をギリシア語で読んだ。
(『現代キリスト教思想叢書8』(白水社、1974年)の大木英夫による「解説」、p.493)

■ ネオ・オーソドクシー
 伝統的に楽観主義的な自由主義神学(リベラリズム)の支配的なアメリカにあって、人間の罪(原罪)を重視する人間観に立って歴史の中の「悪」の問題を鋭く説くニーバーの立場はネオ・オーソドクシーとよばれ、また、彼の思想は、保守的なキリスト教信者からは、ラディカルすぎると危険視さえもされていた。
(武田清子訳『光の子と闇の子』(聖学院大学出版会、1994年)の訳者による「あとがき」、p.204-205。)

■ 「神話」について
 人と神、有限と無限との関係は、理性とか論理でもって言いあらわすことはできない。神はこの世を超越しているゆえに、どのように表現してもそれは適切ではない。しかし、かといって神は単にこの世を超越しているのではなく、この世に内在し、この世において活動しておられる。それで、神学は神について何かを語ることができるし、適切ではないとしてもこの世の論理でもってある程度は神を語ることができる。
 そのようにして神を語る場合、この世における思考形式に従って語るしかない。「神話」はそのための表現形式である。
(ホーダーン、p.219-220)

 神話は常に「真剣に、しかし文字通りにではなく」理解されなければならない。
(A.リチャードソン、J.ボーデン編『キリスト教神学事典』(教文館、2005年)の「神話」の項、p.363)

■ 人間社会の悲劇性
 ニーバーがデトロイトで牧師をしていたとき、日曜学校のクラスで「山上の教え」の話しをしていた。「他の頬をも向けよ」と話したとき、一人の少年が語り出した。彼は新聞売りをしていて、母や他の年行かぬ弟妹を養っていた。毎朝、誰が一番売れ行きの良い街角に立つかで大戦争をしていた。もし、他の頬を向けて、他の売り子に自分の受け持ちを渡してしまったら、家族を養うための収入が減ってしまうではないか。ニーバーはこの問いに対する答えを見出すことができなかった。

 社会問題は、あれかこれかという単純な形では解決されない。二つの悪の中からより小さな悪を選び取ってゆくほかない。
 道徳を絶対視して文字通りそれに従ってゆこうとする人、自分は正しいのだという立場をとることができる人は、社会的悪に対して、何ら力ある解決をしていない。

 与えられた状況の中で最善を尽くしていく中に、まったく悲劇的ではあるけれど、我々の生き方があるのではなかろうか。
(ホーダーン、p.231-232)

■ 民主主義
 民主主義は、人間は本来理性的でありしかも正しいがゆえに自らを治めることができるという立場に立っている。これはとんでもない考え方である。我々が民主主義を必要とするのは、実は、人間が罪人であるからにほかならない。民主主義は、人は正しくありえず、他人に対しても力をほしいままにしがちであり、それを阻止するために必要なのである。
(ホーダーン、p.234)

■ 「不可能の可能性」impossible possibility
 イエスは完全な倫理を教えられた(例えば、マタイ5:48)。それだからこそ、わたしたちにとっては実行不可能なもので、この世にあっては誰もそれを実行することはできない。

 理想的な社会を実現することは不可能である。自由主義が、人は本質として善であると確信に基づいて、社会の欠陥は制度を変えたり教育によって取り除くことができるのだと考えていることは、大きな誤りである。社会の不完全さのゆえに罪が生じるのではなく、罪こそ社会の不完全さの原因であり、しかも、搾取する者が消え去ったとしても、第二の搾取者が必ず現れるのである。

 しかし、イエスが教えられた倫理は、見当違いの倫理でもない。キリスト者は、歴史を越えたところにある希望を見つめる。もちろん、歴史を否定するのではなく、この歴史は完成される。人間には完成に近づけることはできないが、神が完成される。人類の歴史は、歴史の彼方における究極的な完成に向けて、悪に対する神の勝利を記録していく。

 したがって、キリスト者は、この地上に神の国が実現されるとか、完全に理想的な社会秩序が打ち立てられるということを期待していない。にもかかわらず、キリスト者は決して絶望しない。それと同時に、なし得ることはどんな小さなことでも、究極的なこの歴史の完成に重要な意味を持っていることを知っているので、キリスト者はできる範囲で行動に移せるのである。

 楽観主義でも悲観主義でもなく、その両者の間をぬって行くところにこそ福音の道がある。
(ホーダーン、pp.234-238あたり)

■ 社会との関わり方の異なるいくつかの務め
a)この世との妥協を否み、絶対的な規準によって生きて行く完全主義者。彼らもこの悪しき社会に依存してしか生活できないが、にもかかわらず、他のキリスト者に対して悪と妥協してしまっていることを認識させる役割を持っている。悔い改めを促すのが彼らの務めである。

b)キリストの求めた完全な要求を社会に対して語って行く預言者。彼らは、社会がどうしてもなさなければならない妥協に対しても、それを糾弾する。人々の罪を糾弾する彼ら自身も、その人たちと同じ罪人であるのだが、ぬぐい去ることのできない罪を焼き付けられていることに目を覚まさせることが彼らの務めである。

c)妥協を余儀なくさせられている大多数のキリスト者。彼らとて妥協は好まないが、しかし、もし妥協せずにより小さな悪のために働かないならば、より大きな悪が勝利を治めてしまう。それで、たえず神の赦しを求めつつ、複雑な状況の中でなし得る最善を実際に行ってゆく。それゆえ、妥協というのも単なる妥協ではなく、悲しみと悔い改めの心をもって、やむを得ず妥協するのである。
(ホーダーン、pp.239-241あたり)


R・ニーバーの所属教派 [その他]

 ラインホールド・ニーバーの所属教派とその後について。

 ニーバーの父、グスタフ・ニーバーはGerman Evangelical Synod of North Americaの牧師であった。この名称は、1920年代後半にGermanがとれて、Evangelical Synod of North Americaとなる。

 これは、もともと敬虔主義的な傾向をもったルター派と改革派が一緒になった教会で、ルター派のアウグスブルグ信仰告白、小教理問答と改革派のハイデルベルク信仰問答を採用していた。

 ラインホールド・ニーバーもこの教会(教派)の牧師になった。

 大木英夫訳『道徳的人間と非道徳的社会』(現代キリスト教思想叢書8、白水社、1974年)の解説では、「ルター派系(イヴァンジェリカル派)」と記されている。
 鈴木有郷『ラインホルド・ニーバーとアメリカ』(新教出版社、1998年)のp.46あたりでは、「北米ドイツ福音教会」と記されている。


 Evangelical Synod of North Americaは、1934年に、Reformed Church in the United Statesと合同して、Evangelical and Reformed Churchとなった。

 一方、それに先立つ1931年に、National Council of Congregational ChurchesとChristian Churchが合併してCongregational Christian Chrchesになった。

 このCongregational Christian ChurchesとEvangelical and Reformed Churchが1957年に合同して、現在のUnited Church of Christが結成された。


文献は、
Frank S. Mead and Samuel S. Hill (11th Edition Revised by Craig D. Atwood), "Handbook of Denominations in the United States," Abingdon Press, Nashville, 2001.

Scott Holl, "A Brief History of the Evangelical Synod of North America," Eden Theological Seminary, 2008.

United Church of Christのサイトの中のThe German Evangelical Synod

ニーバー『義と憐れみ』 [書籍紹介・リスト]

ラインホールド・ニーバー『義と憐れみ』新教出版社1975年(B6版、図書館で借りたのでカバーなし)ラインホールド・ニーバー(梶原寿訳)、『義と憐れみ――祈りと説教』、新教出版社、1975年、245頁。

原著は、Reinhold Niebuhr (edited by Ursula M. Niebuhr), "Justice and Mercy," Harper & Row, Publishers: NY, 1974.


 扉の次で「はじめに」の前の1ページに、次の二つの言葉が記されている。

神よ、変えることのできない事柄については冷静に受け入れる恵みを、変えるべき事柄については変える勇気を、そして、それら二つを見分ける知恵をわれらに与えたまえ。
(1943年)

なすに価する事柄で生存中に達成できるものは何もない。それゆえ、われわれは希望によって救われなければならない。真、美、善なるもので、歴史の直接的文脈の中で完全な意義を発揮するものは何もない。それゆえ、われわれは信仰によって救われなければならない。われわれがなすどんなことも、たとえそれがどんなに有徳なことであろうとも、一人で達成できるものは何もない。それゆえ、われわれは愛によって救われるのである。
(1951年)

 この前者がセレニティ・プレーヤー(Serenity-Prayer)、すなわち「冷静を求める祈り」、あるいは「ニーバーの祈り」として知られている。これを1943年に書いたのは「マサチューセッツ州の農村ヒースにある会衆派教会」においてであった(「序言」、p.16)。

 「ニーバーの祈り」について過去に記した記事
     → 「ニーバーの祈り」
     → 「山崎直子、武田清子、ニーバーの言葉」


 この二つの言葉の後、ラインホールド・ニーバーの妻アースラ・M・ニーバーによる「はじめに」、目次、アースラ・M・ニーバーによる「序言」、そして本文。

 本文は、ニーバーの50年にわたる牧師としての務めの中で用いられた祈りと、比較的晩年の説教テープから起こされた説教が織り合わされた全15章。このような構成について「ラインホールド・ニーバーは説教者であり牧師であった。これらの説教および祈りは、彼の宣教活動の二つの側面を言い表している。」(「序言」、p.11)。

 祈りは、礼拝式文の順序のように6つにまとめられている。1「朝の祈りと開会の祈り」、3「賛美の祈り」、6「礼拝と感謝の祈り」、9「とりなしの祈り」、12「国家と共同社会のために」、14「信仰共同体のために」。

 「信仰共同体のために」の中には、「礼拝式」として賛美、とりなし、罪の告白、キリエ、といった流れの祈りの言葉や、聖餐式のための祈り、洗礼の言葉と祈り(受洗者は幼児)、結婚式の言葉と祈りも含められている。

ニーバーの典礼への関心
 ニーバーの典礼への関心については、ユニオン神学校の学生に向けて、「準典礼的教会に属し、典礼的教会を評価している者として、私は、典礼的教会の主な長所は、説教にあまり依存していないことだ、と言いたい。仮に説教が悪い場合でも、諸君はそれに耐えることができるのだ。なぜなら、諸君は典礼において上演されている信仰の全ドラマを見ているからである」と語り、また、「『礼典の意味全体を祈りに移しかえ』なければならないことに気づいていた」。(「序言」、p.11)

ニーバーの所属教派
 「準典礼的教会に属し」というニーバーの所属教派については、東京神学大学神学会編『キリスト教組織神学事典』(教文館、1972)の大木英夫による「ニーバー」の項によると、ルター派の教会であるが、「エヴァンジェリカル・アンド・リフォームドというルター派と改革派の系統の合同教会で、今日それは組合派と合併している」とのこと。


 最後の章は「キリスト教的牧師職の危険と困難」で、これは、1953.3.29にユニオン神学校で行われた牧師職についての会議のための講演録。


奥田知志『助けてと言おう』その2 [読書メモ]

「助けて」と言おう.jpg奥田知志、『「助けて」と言おう』(TOMOセレクト 3.11後を生きる)、日本基督教団出版局、2012、78頁、840円。

日本基督教団西東京教区の全体研修会での講演「「助けて」と言おう――ホームレス支援から見た無縁日本」と「出会いが創る、心の絆」の二本。

以下、気になる言葉について、そのままの抜き書きだったり、わたしなりの言い換えだったり。

その1の続き。

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「助けて」を取り戻す
 「自己責任論」の社会は、「助けて」という一言をわたしたちから奪った。自立した人とは自己責任を取ることができ、人に助けを求めないと思い込んでしまっている。また、言いそうな人の前では、なるべく道の向こう側を通り過ぎてきた。しかし、「助けて」と言える関係を取り戻さなければならない。(p.37~41あたり)

信仰は、イエス・キリストに救いを求めることである。神に向かって「助けて」ということは信仰告白である。その時、神は働いてくださる。「助けて」と言った時が助かった日である。神の力は弱さの中に働く。(p.38、40~41、48あたり)


「助けて」と言える牧師
 牧師というのは、人を援助するのは得意な人が多いが、そんな人に限って、助けてとはなかなか言えない。人の話は二時間でも聞くが、自分のことは二分も話さない。「傾聴の技術を持っている」とか「配慮が行き届いている」とは、おおむね他者を愛する技術に関することである。しかし、愛することは得意でも、愛されることが苦手である。人から愛してもらうという学びを一切ないまま牧師になることは大変危険なことだ。(p.42~43あたり)


クリスチャンこそ示せる絆
 自己責任論社会、非常に薄っぺらな絆ということが言われている社会の中で、クリスチャンこそ示せる絆がある。それは、傷を含んだ絆だ。その打たれし傷によりて我らは癒されるという希望の十字架を今こそ示し続けなければならない。(p.55)


罪人の業
 どんな良い活動でも所詮は罪人の業である。単純に困っている人を助けるということでは済まない。その罪を引き受ける覚悟をしなければならない。(p.75~78あたり)


支援とは、罪人同士の支えあい
 子育てでは、親が子どもを育てている面とともに、子どもによって親が育てられる面もある。そのように、支援する側もその活動を通して自分のアイデンティティが与えられている。(p.72~73あたり)

 支える側と支えられる側が固定化されていく時に、人間は元気がなくなる。本来、絆とは相互性があるものであって、おたがいさまというのが絆だ。(p.17、62あたりにも)

 一方、私たちは、赦された罪人である。つまり、ホームレス支援は、赦しを必要としている罪人同士の支えあいに過ぎない。強い人が弱い人を助けているのではない。彼らもわたしも共に赦されて生きているという現実に気がついてこそ、関係を築くことができる。(p.72~73あたり)


奥田知志『助けてと言おう』その1 [読書メモ]

「助けて」と言おう.jpg奥田知志、『「助けて」と言おう』(TOMOセレクト 3.11後を生きる)、日本基督教団出版局、2012、78頁、840円。

日本基督教団西東京教区の全体研修会での講演「「助けて」と言おう――ホームレス支援から見た無縁日本」と「出会いが創る、心の絆」の二本。

以下、気になる言葉について、そのままの抜き書きだったり、わたしなりの言い換えだったり。

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「震災のような極限状況への対応は、その日が来てからでは遅い・・・。日常において「試みに遭わせず」という呻きに傾聴し、その祈りを共にしていた教会や活動団体は、その日当然のように動き出した。」(p.8)


つまずきから始まる
わたしたちはいつしか勝手な期待を持って神という像を自らの想像の延長線上に描き、描いた神を見いだせなくなったその日、「神に裏切られた」「神は隠れた」と言った。

 しかし、こんなはずではないというつまずきから、キリスト教信仰は始まったのではなかったか。イエスが十字架にかけられたとき、皆、こんなはずではないと思って逃げてしまった。つまずいて泣きながら立ち去ったそのペトロが、キリスト教信仰の礎となっていった。

 だから今、わたしたちは、きちんとつまずかなければならない。きちんと傷つかなければならない。「こんなはずではない」という現実の中で聖書を読まなければならない。躓いたから、本当の希望が始まる。(p.12~13あたり)


「絆」には「傷」が含まれる
 出会いというものは、こちらの想定通りにはいかない。出会ったがゆえにリスクも背負う。自分の安心安全だけでなく、相手の安心安全を確保するためにあなたは何かを失わなければならない。人と出会うとき、そういう危険を覚悟しなければならない。それが出会うということだ。その覚悟なしで出会うというのは、少々都合が良すぎる。人と人と出会いには、出会った責任が必ず発生する。出会いの責任は相互的だ。

 絆という言葉には、「きず」(傷)が含まれている。傷つくことを回避して絆を結ぶことはできない。(p.21、26、28~29あたり)
 イエス・キリストは、わたしたちと絆を結ぶために、十字架において傷を引き受けられたその打たれた傷によってわたしたちは癒された。(p.48~49あたり)


「自己責任論」は社会を崩壊させる
人は一人では生きていけない。「私事」(わたくしごと)に関わってくれる赤の他人を必要としている。私事に関わってくれる他人の存在、それを仕組みとしたものが社会だ。社会というものは、わたしが生きていくうえで、わたしのために動いてくれる他人がいることによって成り立っている。

 これに対し、自己責任論は、困窮状態に陥った原因も、そこから脱するのも、本人の責任ですよと考える。これでは社会が崩壊する。そして、「自己責任論」こそ、自分が傷つかないための最大の武器だ。(p.29~30、32~33あたり)

 十字架に架かったイエスを祭司長や律法学者たちは嘲弄した。「他人を救ったが、自分自身を救うことができない」と。他人のために傷つくのはアホやと笑うのが、自己責任論だ。この世界は、二千年前から自己責任論社会だった。(p.49~50あたり)


自己責任を取れる社会を
 自己責任自体は大事である。「あなたの人生じゃないですか。あなたが選ぶしかないんですよ。そして、選んだあとはあなた自身が責任を持ってくださいね」。ただ、住所のない人がハローワークに行っても職を探すことはできない。今の日本の社会では、住居や住民票が社会システムの基盤となっている。その基盤がないと、社会への入り口そのものがなくなってしまう。

 その時に、社会、行政も含めた周りの人が、住むところ、着るものを提供し、お風呂に入ってひげも剃ってくださいと支援の手を差し伸べる。そのような環境が整ってはじめて、自己責任を問える状態となる。これでハローワークに行かないんだったら、それはあなたの責任ですよと。

 自己責任を追及している社会が、自己責任を取れなくしてしまっている。自己責任を取れる社会を作らなければならない。(p.35~36、63あたり)


 その2に続く。


欽定英訳聖書初版 マタイ福音書 [書籍紹介・リスト]

『徹底解明 欽定英訳聖書初版 マタイ福音書』B5版苅部恒徳、笹川壽昭、小山良一、田中芳晴、『徹底解明 欽定英訳聖書初版 マタイ福音書――解説・原文・註解・文法』、研究社、2002、25+259頁、3780円。

 市の図書館で見つけた。

 著者たちは新潟大学の英文学関連の研究者たちで、クリスチャンでも聖書学者でもないが、「キリスト教と聖書に強い興味と関心を抱く者」であるとのこと。

 聖書とマタイ福音書について、そして英訳聖書の歴史を専門的に紹介する前置きという感じの「解説」、欽定訳をREBと対照させた「本文」、「註解」、そして欽定訳マタイ福音書における「文法」の4部から成る。


「解 説」
 巻頭では、英訳聖書の歴史について11ページに渡ってまとめている。英訳で最初に完訳された聖書であるWycliffite Bibleより前の、古英語期(700-1100)のインターリニアーや詩編の韻文訳の状況などから詳しく記されている。

 ちなみに、ウイクリフ・バイブルについては、Wycliffe自身が直接関わったわけではなく彼の同僚・友人・弟子たちが彼の指導の元に翻訳したので、"Wycliffe Bible"ではなく、"Wycliffite Bible"(「ウイクリフ派の」聖書)という表記が用いられている。

 途中で、ウイクリフのLater Version(c1395)、ティンダル(1534)、カバーデイル(1535)、AV(1611)の4つの聖書から、マタイの主の祈りの部分を併記して比較している。

 取り上げられているのは、1989年のREBまで。REBの翻訳方針について、男性中心の語法を出来るだけ避けたと言っているのに、翻訳委員会委員長の肩書きをChairmanとしているのは「苦笑を禁じえない」と記している。


「本 文」
 本文は、AV(Authorized Versionとはどちらかというとイギリスでの言い方で、アメリカではKing James Versionということが多い)の1611年初版からマタイだけを原綴りのまま取り出し、比較のために最も新しい英語で書かれた版としてREB(1989)と対照させている。

 AV(=KJV)の現行流布版は現代英語にnormalizeされているが、この本では、1611年の初期近代英語そのままの形で提供している。しかも、AV(=KJV)の初版である。

 ただし、Facsimile版では小文字のsは語末を除いてlong s になっているが、活字の都合上か区別していない。

 そのテキストは、寺澤芳雄監修で南雲堂から1982年に出されたFacsimile版と、Alfred W. Pollardによってもとの活字(black letter)をroman letterに置き換られたもの(Oxford U. P., 1911. 後に縮刷版でOxford U. P. & 研究社, 1985)に基づいている。


「註 解」
 註解は、基本的には、英語の文法や語法、綴りや発音、原題と異なる意味を記している。時にはギリシア語原文にまで立ち返って検討している。

 が、そればかりでなく、例えば1章のイエス・キリストの系図では、ヨセフの系図と処女マリアから生まれたことの矛盾について北森嘉蔵の説明を紹介し、「この北森の説明には説得力がある」と記している。

 英文学や絵画・彫刻などにも触れ、ダビデについて「フィレンツェにミケランジェロ作のダビデ像の彫刻がある」(1:1)とか、「ナザレには天使ガブリエルの受胎告知を記念した「聖ガブリエル教会」がある」(1:18)とか、"the poer, and the glory"は、「Graham Greene の小説The Power and the Glory(1940)の題名になっている」(6:13)とか、「裏切り者ユダの心理と行動は文学的・演劇的興味を抱かせる。太宰治の短篇「駆け込み訴え」やロック・オペラJesus Christ Superstar など参照」(17:3)とか。


「文 法」
 そして何と、KJV初版のマタイにおける文法が詳述されている。綴字法、発音、句読法に始まり、各品詞、構文など。


 KJVに限らず、昔の英語ということでよく知られているところで、

   現代で語頭の大文字の J は、AVではI になる。
   現代では語頭の u が、AVでは v になる。
   現代では v とするとことが、AVでは語頭以外ではu になる。
   現代の y がAVでは i になっていたり、現代の i がAVでは y になっていたり。
とか、
   三人称単数中性の it の所有格は、its ではなく his。
とかが詳しく書かれている。その他事細かに詳述されている。

 特に、なんと、15世紀以来発音しない final-e は、付いたり付かなかったりいろいろ。んで、どういうときに付くかというと、なんとなんと、1行の末尾が1字分余ると、その行に出て来る単語のどれかの末尾に e が付くのだっ! これは、植字工が行末の体裁を整えるために「勝手に」いや、プロの業として?したことなのである。


 その他、

 AV初版マタイ26:34の"this might" は、 "this night" の誤植。
 AV初版マタイ27:37で "writtten" と t が3個になっている。

などなど。意外とおもしろい。


山崎直子、武田清子、ニーバーの言葉 [その他]

 朝日新聞、2012年9月23日(日曜日)の「朝日求人」のページ

 山崎直子が語る仕事 4 「予測できないことも、人生の一部」「抱え込まない勇気」

 さまざまな分野の担当者が集まるプロジェクトでは、担当者それぞれの立場があってお互いに引かないことがある。譲れるところは譲りつつ、必要なところは妥協せずに、解を見つけていかなければならない。もし無理をして妥協したら、その先にミスが起きる。抱え込まない勇気が必要だ。

 というようなことで、引き合いに出されているのが、ラインホールド・ニーバーの言葉。

 これについては、すでにブログに書いていた。 →「ニーバーの祈り」

 ただ、今回引用されているニーバーの言葉は、出典が明確に記されていて、「『義と憐れみ――祈りと説教』梶原寿訳から」と記されている。この本は、新教出版社から1975年に出たもの。


 この「ニーバーの祈り」は、朝日新聞2012年4月28日(土)夕刊の「ニッポン人脈記 あの頃アメリカ」第18回でも、思想史家(しかし、わたしのイメージでは、「家」というよりは「研究者」とか「学者」という方がふさわしいように思う)武田清子の恩師としてラインホルド・ニーバーが紹介された中で、「平静を求める祈り」として引用されている。

 この記事中のエピソードの一つ: 武田清子がオリベット大学で学んだ頃、足袋を見たアメリカ人が「日本人は足の指が2本なのか」と聞いてきた。

 武田清子は、「日米交換船」で帰国。同船者に、鶴見俊輔、鶴見和子(この二人は姉弟)、都留重人(経済学者)がいる。そのあたりの話を詳しく記録したものに、鶴見俊輔、加藤典洋、黒川創、『日米交換船』、新潮社、2006年。

 「この人たちの後の足跡を思えば、アメリカが戦後日本に与えた影響のほどがわかる。・・・〔しかし〕民主主義がアメリカから与えられただけのものとは思わない。大正デモクラシーの下地があった。主導した吉野作造はクリスチャンである。」

 「日本のキリスト教徒は人口の1%を超えたことがない。「1%でも、周辺に影響を与えるだけのものがあればいいのです。その浸透力を持ち得ているかどうか」」が肝要である。