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岩波文庫・岩波新書 最近の復刊 [書籍紹介・リスト]

(2013.3~2014.2)

■2014年<春>の岩波文庫リクエスト復刊

『現世の主権について 他2篇』マルティン・ルター(吉村善夫訳)、660円+税
2014年2月19日 復刊(1954年1月25日発行)(前回重版1996年)


■重版再開

『バラバ』ラーゲルクヴィスト(尾崎義訳)、540円+税
2013年11月15日重版再開(1975年12月16日発行)

『基督信徒のなぐさめ』内村鑑三、480円+税
2013年7月17日重版再開(1939年9月15日発行)


岩波文庫2013年夏の一括重版
『新約聖書 使徒のはたらき』塚本虎二訳、600円+税
2013年7月10日重版再開(1977年12月16日発行)


創業百年フェア「読者が選ぶこの1冊」

『クオ・ワディス 全三冊 上』シェンキェーヴィチ(木村彰一訳)、800円+税
2013年5月22日重版再開(1995年3月16日発行)

『後世への最大遺物・デンマルク国の話』内村鑑三、540円+税
2013年5月22日重版再開(2011年9月16日発行)

『代表的日本人』 内村鑑三(鈴木範久訳)、600円+税
2013年5月22日重版再開(1995年7月17日発行)

『武士道』 新渡戸稲造(矢内原忠雄訳)、560円+税
2013年5月22日重版再開(1938年10月15日発行)

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』マックス・ヴェーバー(大塚久雄訳)、1,000円+税
2013年5月22日重版再開(1989年1月17日発行)


岩波新書アンコール復刊
『モーセ』浅野順一、720円+税(黄32)
2013年9月20日復刊(1977年12月20日発行)


岩波書店創業百年記念復刊「もう一度読みたい岩波新書」
『人間と政治』南原繁、700円+税(青131)
2013年7月12日復刊(1953年5月10日発行)


前回の「岩波文庫最近の復刊」のブログ記事(2013年3月8日)



秋山憲兄『本のはなし』 [書籍紹介・リスト]

秋山憲兄『本のはなし』新教出版社秋山憲兄、『本のはなし――明治期のキリスト教書』、新教出版社、2006年、329頁。

新教出版社の目録によると、2008年に改訂増補版が出ているが、見ていない。

秋山憲兄(あきやま・のりえ)は、1917.2.17-2013.12.25。


■内 容

Ⅰ 序――明治初期のキリスト教出版

明治初期の印刷事情
横浜におけるキリスト教出版
明治期のキリスト教版元

Ⅱ 伝道文書・トラクト
「伝道文書」の「伝」の字は旧字の「傳」。

「伝道トラクトと本屋」の文章の後、私蔵本のJ.D.デビス『眞の道を知るの近路』(1873?)の全文を紹介。
(『植村正久とその時代』第二巻にある全文とはかなり違いがあるとのこと)。

ヘボン『十字架ものがたり』(1874?)の全文を紹介。

『信仰の話』(明治10年以前)の全文を紹介。

など4点紹介。

Ⅲ 本のはなし
「1 トラクト」で99点(排耶書7点を含む)
「2 教書」(これが第Ⅳ部になっている)で61点紹介。

Ⅴ バニヤン『天路歴程』
『天路歴程』の本邦初訳
邦訳の歴史

Ⅵ 和訳聖書の歴史

Ⅶ カール・ギュツラフ略伝と日本語聖書
これは、ギュツラフ訳『約翰福音之伝 約翰上中下書 復刻版』(信教出版社、2000年)の解説(ただしこの復刻版も2009年に増補版が出ている)。


■自分のためのメモ

p.61には、ヘボン・奥野昌綱訳『三要文』(1871/2)の使徒信条と主祷文(主の祈り)の訳文が記されている。p.73にはゴルドン訳(1876)の主祷文が記されている。


ハイデルベルク信仰問答の初訳は、ヘンリー・スタウトの書簡によれば1878年(明治11年)に出版されたというが、『日本キリスト教文献目録』にはない。
『日本キリスト教文献目録』では1880年(明治13年)発行の『基督教海徳山問答』(木曾五郎訳)がもっとも古いとしてあげられ、国会図書館蔵とあるが、著者が調査したら1885年版であった。(p.92)


『聖公会祈祷書』の淵源をたどると、1878年(明治11)頃刊の、C.M. ウィリアムズ編訳『朝晩祷文』に達する。これは、日本の聖公会の祈祷書が英国系と米国系の混乱を防ぐために、ウィリアムズが両国の母教会の祈祷書から編纂・翻訳したもので、朝祷文・晩祷文・リタニーを含んでいる。
 次いで1879年(明治12)の『聖公会祷文』は、・・・朝晩祷文に聖餐式、洗礼式、公会問答、堅信式が加わった。さらに、1883年(明治16)に増補版が刊行され、これが1887年日本聖公会第一回総会で公認された。」(p.211)


人権は「普遍」なのか [読書メモ]

人権は「普遍」なのか(岩波ブックレット).jpg小林善彦、樋口陽一編、『人権は「普遍」なのか――世界人権宣言の50年とこれから』(岩波ブックレットNo.480)、岩波書店、1999年、56頁+世界人権宣言7頁。

1998年12月11~12日のシンポジウムでの、7人の発表の要約。


■内 容
小林善彦、「日本で「人権宣言」が受け入れられるまで」
鵜飼哲、「人権の「境界」について」
増田一夫、「プロセスとしての人権」
坪井善明、「「アジアにおける人権」とはなにか」
ロニー・ブローマン、「人道援助と「悪の凡庸さ」」
辻村みよ子、「「女性の人権」とは何か」
樋口陽一、「人権の普遍性と文化の多元性」


■自分のためのメモ

天賦人権論
1883年(明治16年)に馬場辰猪(ばば・たつい)が『天賦人権論』を書いている。(p.6)

民主主義と人権
民主主義と人権は、どちらかがないときには、どちらも成立しない。(p.8、54)

世界人権宣言の意義
世界人権宣言(1948年)の意義の一つは、国民国家を人権の境界とする考え方に異議を唱える端緒となったことだ。(p.10)

ハンナ・アレント
ハンナ・アレントは『全体主義の起源』(1951年)の中で、近代の人権概念が国民国家の枠の中で、国民である者に限って人権を保障するという原理に基づいている限り、少数民族、難民、無国籍者は人権の埒外に置かれざるを得ないと批判した。(p.6、17にも)

「護る」ではなく「獲得する」
人権は、完成した形で存在していてそれを「護る」というものではない。むしろ、常に「獲得」すべきものである。(p.16)

ある権利が確保されると、その先にさらに獲得すべき権利が姿を現す。人権はに固定された範囲はない。歴史と共に伸張していく。(p.16、20)

悪の凡庸さ
ハンナ・アレント『イェルサレムのアイヒマン――悪の凡庸さに関する報告』(1963年)で、悪を犯すという意図のもとではなく、極端に自らの責任を限定して、自分が置かれている狭い立場以外の立場からはものが考えられなくなってしまい、思考が欠如した中で悪が犯されることが示された。(p.33-36)
(邦訳は大久保和郎訳、『イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告』、みすず書房、1969年。)

女性の人権
1789年のフランス人権宣言「人および市民の権利宣言」では、権利の主体はオム(人=男性)とシトワイヤン(市民=男性市民)であった。そこで、1791年、オランプ・ドゥ・グージュは、「女性および女性市民の権利宣言」を発表した。(p.38-39)

個人の尊重と人権
最近では、平等を定めた憲法14条ではなく、個人の尊重という原理を明確にした13条を中心に人権を考える傾向が強くなっている。(p.42)

ジレンマと自己決定権の矛盾
人権問題には常にジレンマがある。中絶の権利の主張は胎児の人権を侵害することになる。売春婦は男性支配の例として批判されるべきか、それとも女性の職業選択の自由や、身体の処分についての自己決定権か。しかし、自己決定権の名で人間の尊厳を捨てることは喜ばしいことではないだろう。自己決定というコンセプトそのものに矛盾が内在している。(p.43-44、50-51)

ユニバーサルな人権
人権の無視・侵害がuniversalにゆきわっている。しかし、人権という理念はuniversalな価値を持つものとしてuniversalに追求されるべきものである。(p.52)


池田守男、サーバント・リーダーシップ入門(2) [読書メモ]

池田守男、金井壽宏、『サーバント・リーダーシップ入門』池田守男、金井壽宏、『サーバント・リーダーシップ入門――引っ張るリーダーから支えるリーダーへ』、かんき出版、2007年、254頁、1575円。

その1の続き。


■自分のためのメモ(その2)

Ⅱ サーバント・リーダーの経営改革

社長として、クリスチャンとして
社長として私にできることは、改革の原動力となる社員たちをサーバントとして支え、ゴールに導いていくことだ。(p.2の「刊行によせて」)

私はクリスチャンとして「奉仕と献身」(サービス・アンド・サクリファイス)を生活信条としてきた。

銀座教会の前で、以前そこで見た新渡戸稲造の書「Be just and fear not」」が脳裏によみがえってきた。

社長就任後の記者会見で、「一粒の麦、地に落ちて死なずば一粒にすぎず、されどその麦、地に落ちて死なば、多くの実を結ぶなり」」(ヨハネ傳12:24)を引用して、自らの覚悟を語った。

内村鑑三の『余は如何にして基督教徒となりし乎』と出会い、また、新渡戸稲造の『武士道』に目を開かれた。

ラインホルド・ニーバーの「変えてはならないものを受け入れる心の冷静さと・・・」も、池田守男の好きな言葉。(p.155)
「ニーバーの祈り」参照)

ヤマト運輸の元会長、小倉昌男もクリスチャンだった。(p.159)

個人の強調の弊害
企業においても地域社会においても、個人の権利や生き方が強調されるあまり、あるいは利益至上主義や市場原理主義が幅を利かせていて、他の人々のことを思いやったり、公の利益を考えたりすることが疎かにされている。

身近な人間関係の基本
サーバントとして人に尽くす、仕えるとは、対等な人間関係ではないように誤解されるが、決しそうではなく、互助・互恵の精神そのものである。

サーバント・リーダーシップはごく身近な人間関係においても基本となる考え方である。

明確なビジョン、ミッションの共有を 
サーバント・リーダーシップは、ただ仕えるのではなく、明確なミッション、ビジョンがあって初めて実践できる。そして、それを組織のメンバーたちに伝える努力が不可欠である。ミッション、ビジョンの共有が、サーバント・リーダーシップの実践の前提である。

理念・信条・方針はトップダウンで伝え、実践においては現場の仕事が円滑に運営されるようにサーバントとして社員を支える。

一度言っただけでは伝わらない。何度も繰り返し信念を語り続けることが大切であり、メッセージを発信し続けることが、想いを人の心に届ける一番の近道である。

使命感
人間が生きていく上で必要なものの一つは使命感である。与えられた使命が自分が考えている使命と異なる場合でも、まずは与えられた使命をやり遂げることに集中する。そこに自分で使命を見出していくことが必要だ。自らの役割や使命を理解し、それを全うする過程で支える・仕えることに徹することができる人が、サーバント・リーダーだ。

ギブ&ギブ
サーバント・リーダーシップの精神は、「与ふるは受くるよりも幸ひなり」(使徒行傳20:35)に凝縮されている。

世の中がギブ&テイクではなくテイク&ギブになっている。いやそれどころかテイク&テイクになっていると日野原重明と話し、「あなたはギブ&ギブに徹しなさい」と言われた。

「各々の賜物をもって、お互いに仕え合う。」これは聖書の言葉だが、人間本来の姿であると思うし、サーバント・リーダーシップの根底にある精神でもある。(p.250「おわりに」)
(聖書箇所は記されていないが、ペトロの手紙一 4:10 「あなたがたはそれぞれ、賜物を授かっているのですから、神のさまざまな恵みの善い管理者として、その賜物を生かして互いに仕えなさい。」)


■紹介されている主な文献

・ケン・ブランチャード他(小林薫訳)、『新・リーダーシップ教本――信頼と真心のマネジメント』生産性出版、2000年、223頁。
池田守男が金井壽宏から勧められた本。牧師と教授、そして事業家の対話によって奉仕型リーダーを解説している。

・ロバート・ケリー(牧野昇訳)、『指導力革命――リーダーシップからフォロワーシップへ』、プレジデント、1993年、267頁。

・ジェームズ・ハンター(石田量訳)、『サーバント・リーダーシップ』、PHP研究所、2004年、238頁。
これ以降のジェームズ・ハンターの訳書に、(高山祥子訳)、『サーバント・リーダー――「権力」ではない。「権威」を求めよ』、海と月社、2012年、212頁がある。

・ジョセフ・ジャウォースキー(金井壽宏監修、野津智子訳)、『シンクロニシティ――未来をつくるリーダーシップ』英治出版、2007年(原著1977年)、336頁。
増補改訂版(392頁)が2013年2月に出た。

・ロバート・K・グリーンリーフ(ラリー・C・スピアーズ編、金井壽宏監修、金井真弓訳)、『サーバントリーダーシップ』、英治出版、2008年、576頁。




池田守男、サーバント・リーダーシップ入門(1) [読書メモ]

池田守男、金井壽宏、『サーバント・リーダーシップ入門』池田守男(1936.12.25-2013.5.20)

著書ですぐに検索されるのは次のもののみ。

池田守男、金井壽宏、『サーバント・リーダーシップ入門――引っ張るリーダーから支えるリーダーへ』、かんき出版、2007年、254頁、1575円。

出版当時、池田守男は資生堂相談役、金井壽宏は神戸大学大学院経営学研究科教授。


■目 次

全4章
Ⅰ サーバント・リーダーシップとは何か(金井壽宏)
Ⅱ サーバント・リーダーの経営改革(池田守男)
Ⅲ サーバント・リーダーシップと使命感(対談)
Ⅳ ミッションで支えて組織と人を動かす(金井壽宏)


■自分のためのメモ(その1)

Ⅰ サーバント・リーダーシップとは何か

リーダーシップ現象
リーダーシップは、静態的な個人特性ではなく、リーダーとフォロワーとの間のやりとりの中から自然発生的に生まれてくるダイナミックでインタラクティブなプロセスだ。フォロワーが喜んでついていくようになったとき、そこに「リーダーシップ現象」が生まれたことになる。

サーバント
サーバント・リーダーは、召使いのように相手の言うことを聞くのではなく、ミッションの名の下にフォロワーに尽くす。上に立つ人こそ、皆に尽くす人でなければならない。

ミッション
相手に奉仕すること、尽くすことを通じて、相手を導いていく。当然、導くからには自分なりの考え、哲学、想い、ミッションがいる。サーバントになるとは、召使いのように振る舞うことではなく、ミッション(使命)の名の下に奉仕者となることである。リーダーが信じているミッションに共感して、その実現のために動き出す人をリーダーが支え、奉仕する。サーバント・リーダーシップは、ミッションなしにはありえない。

ビジョン
リーダーが思い描く世界は現状からかけ離れているため、フォロワーたちにはそれが実現可能には見えない。しかし、大きな使命(ミッション)と大きな絵(ビジョン)をしっかり描いて繰り返し語れば、リーダーにしか見えなかったものがしだいにフォロワーにも見えてくる。

信頼(credibility)
信じてついていっていいと思える人に、フォロワーたちが喜んでついていっている現象がリーダーシップという現象である。だから、リーダーシップの鍵となるのは「信頼」である。

リーダーはフォロワーのために存在する
フォロワーはリーダーを信頼し、彼(彼女)が描く大きな絵(ビジョン)に共鳴してリーダーについていく。そのときフォロワーが目指すものはリーダーのそれと同じ、もしくは近いものであり、一緒になって実現するのもフォロワーだ。リーダーはあくまでもその手伝いをする。リーダーはフォロワーのために存在する。
 サーバント・リーダーは、力ずくではなく、ミッションに向かって自発的に歩み始める人を後押しする。それは使命感に基づいてなされる高貴な行動であり、組織やチームに目標を達成させる大きな力になる。

ロバート・グリーンリーフ
サーバント・リーダーシップという考え方は、元AT&Tのロバート・K.グリーンリーフが1977年に提唱した。
グリーンリーフは、ヘルマン・ヘッセ『東方巡礼』に出てくるサーバント・リーダー、レーオに啓発された。
グリーンリーフはクエーカー。

サーバントとリーダー(奉仕と指導)
サーバントとリーダーという二つの役割は融合しうる。サーバントとしてのリーダーシップは、最初は尽くしたい(奉仕したい)という自然な感情に始まる。その後に、指導したいという思いが自覚的に選択されてゆく。

パーソナル・アセッツ
リーダーシップ現象が発生するおおもとはリーダーの言動や発想であり、その言動や発想はその人の持ち味(パーソナル・アセッツ)に支えられている。パーソナル・アセッツには、リードしたいという意識的なイニシアティブ、ビジョナリーなコンセプトを描く力conceptualization、傾聴・受容・共感、一緒にいると心が落ち着くこと、個々人の成長へのコミットメントなど様々な特徴が挙げられる。

リーダーシップの基本哲学
サーバント・リーダーシップは、リーダーシップの類型の一つではなく、リーダーシップのあり方に関わる基本哲学の一つだ。


(続く)