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イースターカードはいつ送るか [教会年間行事]

イースターカードを送るのは、イースターが終わってからでしょって話。

教会出入りの本屋さんからイースター用のポストカードを買ったら、けげんな顔された。「いまからイースターカードですか?」って。



何となく、12月25日になるまでにクリスマスカードを送り合っている。クリスマスが終わるとすぐに新年だからか。

しかし、イエスさまが生まれてから、お誕生をお祝いすべきではないか。

だって、友人に赤ちゃんがもうすぐ生まれるって聞いたとき、生まれる前には「おめでとう」って絶対言わないでしょ。

だから、クリスマスカードは、クリスマスを迎えてから送り合った方が良いのではないか。



イースターなら、なおさらではないか。

イースター前は、主イエスの十字架への歩みをたどり、自らの罪を悔い改め、華美な飲食を慎み、嗜好品を遠ざけ、無駄遣いをやめて、節制する時である。

主の御受難を覚える期間に、「イースターおめでとう」なんてカードをやりとりしてはいられない。

四旬節(伝統的にこう言う。通称的には受難節)の意義が廃れているために、イースター前にイースターカードをやりとりするのではないだろうか。



というわけで、

1.イースターカードは、イースターを迎えてから送り合いましょう。

2.イースター前にカードを送ってくださった方々、こんなこと言ってごめんなさい。カードを送っていただいたこと、感謝しています。


タグ:教会暦

日本イエズス会版 キリシタン要理 [書籍紹介・リスト]

亀井孝、H.チースリク、小島幸枝、『日本イエズス会版 キリシタン要理――その翻案および翻訳の実態』、岩波書店、1983年、11+300+127頁。

亀井孝の亀の字はシフトJIS:EA9D、Unicode:U+9F9Cの「龜」。

ローマのCasanatense文庫にある1600年国字本に対するこの本での表記は「カサナテ本」。


第一部 研究篇

第一章は、「カテキスモ」の意味や要理書の発展について。宗教改革に対するカトリックでの教理書の歴史など。

第二章は、日本におけるドチリナの最初としてフランシスコ・ザビエルが作った29箇条の小ドチリナの話(現存しない)、ジョルジェが公教要理を作った経緯、1566年版のジョルジェのもの(ポルトガル語)を基礎に日本語に訳され、日本での印刷・出版についてなど。

ポルトガル語の原書が児童を対象としていたのに対し、日本語訳では成人を対象として翻訳された。
また、原書では、幼児洗礼を受けた子供たちがテキストを暗唱していることを前提にして教師の質問に答える形式であったものを、日本語訳では逆に生徒が質問し教師が答える形式に変更された。
その他、日本人向けに省略したり説明を付加したりした部分がある。
「ケレド」(使徒信経)の説明の部分では、ポルトガル語原書では教皇を頭とする教会の教えとして説明されているところを、日本への布教の観点から、使徒の教えとして扱われている。その章立ての違いなど。

第三章は、日本語のドチリナとポルトガル語本(ジョルジェのドチリナ、1602年)を比較し、翻訳できない用語をラテン語の読みで記したところがあるとか、その際に複数形の語尾はどうしたかとか(たとえば「さからめんと」が「さからめんとす」となっている箇所があるとか)。

第四章は「翻訳の文体」として疑問詞の訳し方などの詳細な分析。

第五章では、前期版(1591年ヴァチカン本)と後期版(1600年カサナテ本)の表記を比較して、仮名遣いのちがい、モノグラム(「でうす」とか「きりしと」を記号で書く)の使用の違い、単語の言い換え、語順の変更、てにをはの変更などなどを「翻訳の成長」と題して細かく分析している。


第二部 資料篇

資料篇には、
ヴァチカン図書館蔵の1591年の「どちりいなきりしたん」、すなわち国字本のものの翻刻(p.207-300)

および

M.ジョルジェ(Jorge)のポルトガル語の「ドチリナ・キリシタン」(1602年大英図書館蔵)の影印と翻訳(後ろからp.1-127)

が収められている。


1591年「どちりいなきりしたん」国字本の翻刻には、カサナテ本(1600年の国字本)との相違、東洋文庫蔵本(1592年ローマ字本)、水戸彰考館蔵本(1600年ローマ字本)との相違が注で示されているが、短い語句の相違はその文言が記されているものの、大きな変更については「増補あり」とか「追加説明あり」とか「ほぼ全面かき改め」などと記されている。

また、これら二つの版の対応箇所が分かるように、それぞれの部分ごとに記号が付されている。



BHK、BHS、BHQ [書籍紹介・リスト]

BHK(読み方はべーハーカー)はKittelの"Biblia Hebraica"のことなので、単にBHとも。キッテルの第何版という言い方もある。

Rudolf Kittel、BHK、第1版1906年。
キッテルは、新約におけるネストレのような批評的本文を作ることは意図せず、ヤコブ・べン・ハイームの『第二ラビ聖書』を本文とし、脚注に重要な異読や本文批評家による読み替えの提案などを記した。

Rudolf Kittel、BHK、第2版1913年。
若干の修正がなされた。(ただし、『旧約聖書の本文研究』p.72には「第二版は1909年」とある)

Paul Kahle、BHK、第3版1937年。
キッテルは1929年に死去。その後、Paul Kahle(パウル・カーレ、1875.1.21-1964.9.24。2014年はカーレ死去50年!)が中心的に加わって、本文にレニングラード写本を採用、脚注も著しく増補。

単にBHKと言った場合、この第3版を指す。

『第二ラビ聖書』はベン・アシェル本とベン・ナフタリ本の混合であり、しかも11~14世紀のものであった。これに対して、レニングラード写本は1008年(ないし1009年)のものでマソラ本文全体を含み欠損部分もほとんどなく、質の良い写本である。カーレはこれこそ純粋なベン・アシェル本だと考えて、本文をレニングラード写本に変更した。

(ただし、レニングラード写本もカーレが言うほど純粋なベン・アシェル本ではない。)

※口語訳聖書(旧約は1955年)の底本は、このキッテル第3版。

第3版の後も、若干の訂正と改善が加えられて版が重ねられていった。特に、1951年の版では、Albrecht AltとOtto Eissfeldtによってイザヤ書とハバクク書にクムラン文書の資料を扱う欄が新設された。これはBHKの第7版とされているが、主に異読資料欄を改訂していっただけだから「第7版」は言い過ぎとの批判あり(シェンカー)。


BHS4.JPGKarl Elliger、Wilhelm Rudolph、BHS、1977。
BHS(読み方は「べーハーエス」)は"Biblia Hebraica Stuttgartencia"の略。BHSは、BHK第3版の改訂の意味で第4版という。


BHK第3版では、マソラが無視されていたこと、校訂者の判断で詩型に組まれたところがあった、脚注で古代訳の証拠よりも校訂者の主観的判断の方が優先されていたり、古代訳の評価の不適切さなどがあった。

そこで、BHSでは、本文はメセグなども含めてレニングラード写本を忠実に再現、脚注では古代訳を慎重に評価、小マソラを校訂本の中に印刷、大マソラは別冊で刊行した。

BHSの版は、最初分冊で1967年から出され、1977に合本。その後、1984第2版、1987第3版、1990第4版、1997第5版。(私が持っている第5版ISBN:3-438-05219-9には、この版歴が記されていない。)


※新共同訳聖書(1987年)の底本とされたBHSは、初版あるいは第2版であろう。



BHQ、2004~。
Biblia Hebraica Quinta(ビブリア・ヘブライカ・クインタ)は、Kittel, "Biblia Hebraica, " 1906から数えて第5版(クインタは「第五の」という意味)。2004年から分冊で刊行が開始された。

本文はキッテル第三版以降と同様に、レニングラード写本。

いつこのプロジェクトが完了するかは、「神の導きに委ねられるべきことであり、この幸いなる出来事が近い将来に実現するようにという熱心なとりなしの祈りに託されるべきこと」だ(シェンカー、p.39)


もっとも、この言い方は、ヘブライ大学のHUB(The Hebrew University Bible) のプロジェクト(アレッポ写本を底本にして膨大な本文批評的脚注を伏したもの。1965年~)について、全体がいつ完成するかは「祈るしかない」と記されていることが元になっている。(『旧約新約聖書大事典』教文館の「本文」の項で紹介されている)


参考文献

●エルンスト・ヴュルトヴァイン(鍋谷堯爾、本間敏雄訳)、『旧約聖書の本文研究――『ビブリア・ヘブライカ』入門』、日本基督教団出版局、1997年。

●左近淑、『旧約聖書緒論講義』、教文館、1998年。
(特に112~113ページあたり)

●『国際聖書フォーラム2006講義録』(日本聖書協会、2006)の中のアドリアン・シェンカー、『ビブリア・ヘブライカ・クインタ――ヘブライ語聖書の新しい校訂本の主要な特徴』。
(BHQの簡潔な紹介として有用)

●『旧約新約聖書大事典』(教文館)の「本文」の項(よみがなが「ほんぶん」となっているが、「ほんもん」とすべき)

●BHSのforwordはゆっくり読んでいられない。

●総説旧約聖書の新版は持っていない。

●『旧約聖書を学ぶ人のために』世界思想社、2012年には、こういう話はまったく載っていない。


(2014/04/09加筆)

The New Jerusalem Bibleの選び方 [書籍紹介・リスト]

以前、ある程度学問的な注が付いていて、かつ、なんとか手頃なサイズの聖書としてThe New Oxford Annotated Bibleの選び方を記した。

 →The New Oxford Annotated Bibleの選び方


英語圏でもっとも学問的な注が付いた聖書は、The New Jerusalem Bibleだろう。

これは、フランスで独自に翻訳されたものの英語版。一応原典から訳していることになっているようだが、フランス語の翻訳の姿勢にのっとっている。

最初に出たフランス語版1956年に対する英語版が1966年にNewのつかない"Jerusalem Bible"として出た。

フランス語版は1973年に改訂された。それに伴い英語版も改訂され、1985年に"The New Jerusalem Bible"として出た。

カトリックの学者による翻訳だが、学問的な注が付いているということで、カトリックかプロテスタントかなんてことは関係ない。


しかし、ネットで調べるといろんな種類があってどれを買ったらいいか分からないー。

しかも、日本のアマゾンでは「なか見!検索」で<注付きではないもの>が表示される
アメリカのアマゾンでのこの書のページならLookInside!でちゃんと確認できる)

非常に詳しい注が付いていることが売りなのだが、ほとんど注なしのものもある。田川建三も『書物としての新約聖書』で「英語訳には註をほとんど省略した簡略版も出ているから、気をつけた方がいい。」と言っている(p.535ページ)。

その田川建三は「註など省略せずにのっているのはStandard Editionである」と書いている(同ページ)が、現在Standard Editionと記されているものは、注が省略されたものであるので、ややこしい。


結論としては、ハードカバーのISBN13:978-0-385-14264-9を買う。注付きはこれのみ。

他に、
 Standard Edition(ISBN13:978-0-385-49320-8)や
 そのレザータイプ(ISBN13:978-0-385-49658-2)や
 Reader's Edition, Paperback(ISBN13:978-038524833-4)や
 Pocket Edition(ISBN13:978-0-385-46986-9)や
その他にも新約だけのものやStudy Editionというのもあるようだが、
どれも注は省略されたものである。



Kindle版はいまのところない。


P.S. 日本のアマゾンのカスタマレビューに、ちゃんとISBN13:978-0-385-14264-9を買えと書いている人がいました。amazon.comならLookInsideできることも指摘されています。



タグ:聖書翻訳