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ミルトン『言論・出版の自由』2 [読書メモ]

ミルトン(原田純訳)、『言論・出版の自由 アレオパジティカ 他一篇』(岩波文庫赤206-1)、岩波書店、2008年。

各種(書誌的?)情報、その他は前回の記事で。


――自分のためのメモ――

●検閲制度の起源
「この検閲の企みが、実はカトリック教会の異端審問所から這い出て、わが国の国教会監督制度によって採用され、このたび長老教会のある人たちに見込まれるまでの経緯を示しましょう。」
(p.14)

書物の検閲は、古代の国家や社会あるいは教会から出たものではなく、また、宗教改革を行った外国の都市や教会の最近の慣行からでもなく、「最大の反キリストの宗教会議および歴史はじまって以来もっとも非道な異端審問所から出て来たもの」だ。(p.22)

●悪い書物も真理のために必要
悪い書物であっても、「思慮分別のある読者には、良いことが多くわかり、論破し、前もって警戒し、例証するのに役立ちます。・・・誤っているものさえ知り、読み、対照することにより、最も真なるものにはやく到達できる・・・。」(p.27)

「あらゆる種類の書物を読み、あらゆる種類の論述に耳を傾けずして、罪と虚偽の国をより安全、危険すくなく偵察することはできません。」(p.30)

●自由な学問のために
「学問を研究し愛するために生まれてきた、自由にして誠実ある人たち・・・の判断や誠実を信用せず、教師や試験官なしで考えを出版する資格はないとするのは、自由にして学問を知る人に対する最大の不快事であり、侮辱である」(p.45)

●教派分裂について
「悪魔は言う、「やつらが各派、各党に分裂したときこそ、時機到来だ」と。愚か者よ、われわれは枝分かれしているが、すべてが成長してきた元の堅い根は悪魔にはわからない。細分化された小隊が、・・・悪魔の旅団を、あらゆる角度から切り進んでいく」のだ。「分派、分裂と思われているものから、より良いものが生まれるのを希望すること」が大切だ。(p.68)

「私は分離がすべて良いとは考えません。〔しかし〕、人間は良い麦を悪い麦から・・・完全に区別できません。それはこの世の最後に天使たちがする仕事・・・。すべての人が強制されるより、寛容に遇されるほうが明らかに有益であり、思慮があり、キリスト教的である。」(p.75-76)

●言論の自由こそすべて
「自由はすべての偉大な知識の乳母である。」(p.70-71)

「あらゆる自由にまさって、知り、発表し、良心に従って論ずる自由をわたしに与えよ。」(p.72)



ミルトン『言論・出版の自由』 [読書メモ]

ミルトン(原田純訳)、『言論・出版の自由 アレオパジティカ 他一篇』(岩波文庫赤206-1)、岩波書店、2008年。

John Milton 1608.12.9-1674.11.8(キリスト教人名辞典による)

この邦訳が出た2008年は、ちょうどミルトン生誕400年にあたる。

次の2つを収録:
「言論・出版の自由――アレオパジティカ」(Areopagitica, 1644)

「自由共和国建設論」(The Readie and Easie Way to Establish a Free Commonwealth, 1660)

これらは、原田純訳編『イギリス革命の理念――ミルトン論文集』(小学館、1976年)に収録のものを全面的に改訳したもの。(訳者「解説」、p.195)




岩波文庫には旧版がある。

上野精一、石田憲次、吉田新吾訳、『言論の自由――アレオパヂティカ』岩波文庫、1953年。
最初は4943、白181、後に赤(32)206-1。

元は新月社、1948年。岩波文庫化に当たって、石田憲次が全面的に推敲した。翻訳の底本はコッテリル(H.B. Cotterill)の注釈書、随時ヘールズ(J.W. Hales)の注釈書も参考にしたとのこと。

ただ、この旧版のことには、原田純訳の新版ではまったく触れられていない。




『言論・出版の自由』はこれまで読み継がれてきたし、これからも読み継がれるであろう。議会多数与党によるマス・メディアへの介入、資本、人事、広告元の圧力、メディア側の異常警戒と自主規制、公安庁や自衛軍による個人の発言の隠密調査と監視、司法判断の不充分による言論の自己抑制、学校教科書と学習指導要領への政治的介入と不断的監督など、山積する今日の様々な課題に『言論・出版の自由』が深いところで答えてくれるからである。

(原田純「解説」、p.176。)




聖書の記事への言及や聖書にある言い回しの使用に関しては、注は十分とは言えない。

たとえば、

「ソロモンは多読は体を疲れさせる・・・」(p.28)はコヘレトの言葉12:12。

「目を上げれば田畑はすでに実りはじめている」(p.66)はヨハネ4:35。

「ミカヤがアハブの前でしたように・・・」(p.74)とは、列王記上22章あるいは歴代誌下18章の記事。

「人間は良い麦を悪い麦から、よい魚を悪い魚から完全に区別できません。それはこの世の最後に天使たちがする仕事・・・」(p.75-76)はマタイ13:29-30、39の毒麦のたとえ話。

などなど。

こういった個所のいくつかは、岩波文庫旧版ではちゃんと注に記されている。




ネットで見ることのできる英語の注付きの"Areopagitica":

米国ダートマス大学(Dartmouth College)の"The John Milton Reading Room"のサイトの中のAreopagitica

Notes by J.W.Hales, Oxford: Clarendon Press,1874. (Google Books)

Notes by T.G.Osborn , London: Longmans, Green, and Co.,1873. (Google Books)