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詩編のアルファベット歌 [聖書と釈義]


詩編のアルファベット詩とかアルファベット歌と呼ばれる作品の特徴と詩編の中での意味について。

1.旧約聖書のどこにアルファベット歌があるか

詩編9~10、25、34、37、111、112、119、145、
哀歌1、2、3、4、
箴言31:10~31。
  • 詩編9と10は、あわせて一つのアルファベット歌。
  • 新共同訳聖書の古い版では、詩編112のところに(アルファベットによる詩)と入っていないが、後に訂正された。111編と112編はそれぞれがアレフからタウまで揃ったアルファベット詩である。
  • ナホム1章もアルファベット詩っぽいが、ダーレトがないしカフで終わっちゃってる。ナホム、がんばっぺ!
  • ちなみに、哀歌5章は、アルファベット歌になっていないのに、節の数だけ22にあわせている。哀歌、どうしたんだ?

2.アルファベット歌の意義

  • 文字自体が力を持っていると考えられていた。
  • 暗記を助けるため。
  • 思想的な全体性を表現している。

などの諸説がある。

詩編のアルファベット歌の内容から、信仰生活と律法の教育のためと考えられる。

文 献:
太田道子「詩編 序論」、『新共同訳旧約聖書注解Ⅱ』p.91。

3.完全なアルファベット順か?

詩編のアルファベット歌も全部が完全であるわけではなく、途中、抜けがあったり、順番が入れ替わっていたりする。

  • 詩編9~10編:ダーレトがない。メーム、ヌン、サーメクもない。アインとペーが逆。ツァーデーもない。
  • 詩編25編:ベートが節の頭にない。ワウがない。コフもない。
  • 詩編34編:ワウがない。
  • 詩編37編:アインがない。
  • 詩編111編:完璧。
  • 詩編112編:完璧。
  • 詩編119編:完璧。
  • 詩編145編:ヌンがない。

4.詩編の中の特徴

特徴(1)

  • 詩編の中のアルファベット歌は、五部に分けられる詩編の第一部(1~41編)と第五部(107~150編)に出てくる。間の第2~4部にはない。
  • 詩編が5部に分けられるのは、律法(モーセ五書)にちなんでいる。
  • ということは、詩編の最初の部と最後の部にアルファベット歌が出てくるのは、律法や神の御業の完全さを印象づけるためと考えられる。

特徴(2)

  • 詩編第一部に含まれるアルファベット歌はどれも不完全である。
  • それに対し、詩編第五部に含まれるアルファベット歌は、ほぼ完璧である。

5.詩編第五部の中で

  • 111と112のアルファベット歌の後に、113~117編のハレルヤ詩編が続いている。
  • 119編の長大なアルファベット歌の後、120~134編の長い「都に上る歌」で都に上ってゆき、135編のハレルヤ詩編に至る。
  • 145編のアルファベット歌の後に、146~150編のハレルヤ詩編が続いている。

というわけで、アルファベット歌は、律法や神の御業の完全さを印象づけて、ハレルヤという賛美を導いている。

参考文献:
大住雄一「『詩篇研究』への補遺――アルファベットうたをめぐって」、『果てなき探究 旧約聖書の深みへ――左近淑記念論文集』、教文館、2002年、pp.186-206。

ルターと詩編 [聖書と釈義]


マルチン・ルターの生涯や信仰と特に関わりのある詩編の箇所。

● 2:4
「天を王座とする方は笑い、・・・」
ポールソン『はじめてのルター』、p.113。

● 18:3以下
激しい雷を伴った嵐が起こったので、ルターは次のように言った、「さあ、我々はこの体験から第18編の詩を理解し、解釈することを学ぶことができる」
コーイマン『ルターと聖書』p.220。

● 31:2c
(=71:2a)「神の義」(ただし新共同訳では「恵みの御業」)
徳善『マルチン・ルター 生涯と信仰』p.45~。
植田訳『卓上語録』、p.34。

● 45
1532年の講義。
金子晴勇訳、『心からわき出た美しい言葉――詩編45編の講解』、教文館、2010年。

● 46
「神はわがやぐら/砦」(1529年)。
讃美歌1編267、21-377。

46:5の解釈と翻訳について、コーイマン『ルターと聖書』p.245以下。

● 51
ルターの罪理解。1532年の講義。
『ルターと宗教改革事典』p.209。ポールソン『はじめてのルター』、p.168-171。
金子晴勇訳、『主よ、あわれみたまえ――詩編51編の講解』、教文館、2008年。

詩編51:19について「わたしはこの節を金の文字で書きたいほどだ」
コーイマン『ルターと聖書』p.242。

● 71:2a
(=31:2c)

● 90
徳善『マルチン・ルター 生涯と信仰』p.273~。
金子晴勇訳、『生と死について 詩篇90篇講義』、創文社、1978年。
金子晴勇訳、『生と死の講話』、知泉書館、2007年。

● 116:10
「わたしは信じた。それゆえ、わたしは激しい苦しみに襲われた。」
「ルターは、神に信頼することは、ただ一人の神をもつことによって問題を増すばかりであるということを理解していた」
ポールソン『はじめてのルター』、p.129。

● 118:17
「彼は、城の中で過ごした半年の間に多くのことをやり遂げた。詩編が彼の関心の大部分であった。信徒のために、彼は詩編を解説して小さな単行本としたが、そのうち最もよく知られているのは、かの貴重なConfitemini(われら告白せん)である。」
コーイマン『ルターと聖書』p.233。

父ハンスの死に際して、「死ぬことなく、生き長らえて、主の御業を語り伝えよう」
『ルターと宗教改革事典』p.122。

● 130
「深き悩みより」(1523年)。
讃美歌1編258、21-22、21-160。



ルターが「パウロ的詩編」と言っている詩編:
32、51、110、130、143。
植田訳『卓上語録』教文館、p.173。



見た文献:
  • ウィレム・J.コーイマン(岸千年訳)、『ルターと聖書』(ルター神学研究双書7)、聖文舎、1971年。
  • 日本ルーテル神学大学ルター研究所編、『ルターと宗教改革事典』、教文館、1995年。
  • ルター(植田兼義訳)、『卓上語録』、教文館、2003年。
  • S.ポールソン(湯川郁子訳)、『はじめてのルター』、教文館、2008年。
  • 徳善義和、『マルチン・ルター 生涯と信仰』、教文館、2007年初版、2012年第2版。



どの詩編を学ぶか [聖書と釈義]


教会の祈祷会や○○会で詩編を学ぼうというとき、

詩編の150編全部を学ぶのは大変。

では、厳選する場合、どれを取り上げたらいいのか。

左近淑『詩篇研究』


新教出版社、1971年。後に、新教セミナーブック9。

「賛美のうた」「哀歌」「典礼歌」の三つに大きく分けた文学類型にしたがって、主要な詩編を取り上げる。

取り上げられているものを目次から拾って番号順に挙げると、

2、6、8、15、20、21、24、29、32、38、42-43、46、50、51、60、65、90、114、132。



B.W.アンダーソン『深き淵より――現代に語りかける詩篇』


中村健三訳、新教出版社、1989年。

この付録Aに、「様式による詩篇の区分」があり、特に読むべき詩編に☆印が付されている。
☆印が付けられたものを番号順にすると、

1、2、3、4、6、8、12、13、18、19、22、23、27、31、32、33、34、37、38、39、42~43、44、46、47、49、51、57、69、71、73、77、78、80、81、84、85、88、89、90、91、92、94、95、96、98、99、100、102、103、104、105、107、110、114、116、118、121、122、124、130、132、136、138、139、143、145、146、147、148。



C.ヴェスターマン『詩編選釈』


大串肇訳、教文館、2006年。

11の類型にそって代表的な詩編を選んで、私訳、本文について、構成、釈義。「詩編選釈」でありながら、哀歌5章も入っている。結びとして「詩編とイエス・キリスト」。

取り上げられているものを目次から拾って番号順に挙げると、

1、4、6、8、13、19、22、23、24、27前半、29、30、31(部分)、33、40前半、46、51、62、66(前半と後半別々に)、72、73、77、80、90、102、103、104、113、116、118、119、121、122、123、124、126、130、138、139、145、148。



J.F.D.クリーチ『詩編』


飯謙訳、現代聖書注解スタディ版、日本基督教団出版局、2011年。

イントロダクションで詩編という名称、祈りの言葉としての特徴、表題があることや5区分、主こそ王というテーマについて簡単に説明。第1章で、第3編を例にして構造や技法、文体などの基礎を知り、第2章で文学類型をざっと解説。その後8編を取り上げる:

1、8、22、23、51、99、121、137。



R.ヘステネス『グループで聖書を学ぶABC』


朴憲郁・上田好春訳、日本基督教団出版局、2014年。

このp.85で挙げられている、小グループで聖書研究を行うために適しているとして例示されている詩編の箇所は、

1、8、19、23、25、32、34、37、42、51、62、73、107、121。


また、p.154では、聖書を学ぶグループの参加者が体験し、感じることができそうな「感情豊かな詩編」として次の箇所が例として挙げられている。

32、38、51、55、56、71、73、77、139、143、147。



『讃美歌 第一編』交読文


ところどころ省略があるが。

1、2、8、16、19、23、24、27、29、32、40、42、46、50、51、57、65、67、84、90、91、95、96、100、103、104、118、119(抜粋)、121、127-128、130、139、146。



『こどもさんびか改訂版』交読詩編


巻末の交読詩編は、全体的によく知られている部分だけの抜粋になっている。

1、8、19、23、24、27、42、46、51、72、85、95、96、100、121、130、133、136、139、150。



まとめ:厳選10箇所


以上を参考に、

  • 類型論の解説では類型として代表的な作品が選ばれているので、学びの箇所としては必ずしもふさわしいわけではない。
  • よく知られている箇所を取り上げたい。

といった観点から、10箇所に厳選すると:

1、8、19、23、46、51、100、121、130、139。


もう少し増やすとすると、『讃美歌 第一編』の交読文と『こどもさんびか改訂版』に載っている交読詩編で、共通するもの15箇所:

1、8、19、23、24、27、42、46、51、95、96、100、121、130、139。



(2017.11.19 ヘステネスのp.154の紹介を追加)
(2018.1.12 左近淑『詩篇研究』を追加)



マルコのサンドイッチ [聖書と釈義]


マルコによる福音書の特徴のひとつとして、「サンドイッチ構造」が随所に見られることは、よく知られている。

「たとえば彼は、一つの物語を二つに割って、その間に他の伝承をおき、そこに時間の流れを示すという手法をよくとるのであるが、5:25-34とその前後、などに見られるいわばサンドウィッチ式の手法は・・・」
橋本滋男「共観福音書」、
『総説 新約聖書』、日本基督教団出版局、1981年、p.115。


1.もうちょっと学問的な言い方はないのか


『新版 総説 新約聖書』では、「挿入法intercalation」という言葉が紹介されている。
廣石望「マルコによる福音書」、
『新版 総説 新約聖書』、日本基督教団出版局、2003年、p.74。


その箇所で注に挙げられている文献:
James R. Edwards, "Markan Sandwiches: The Significance of Interpolations in Markan Narratives," Novum Testamentum XXXI, 3 (1989) pp.193-216.(リンクはpdf)

この文献を見てみると
  • サンドイッチという言葉がそのまま論文のタイトルに使われている
  • intercalationとかinterpolationとかinsertionとかframingとか、いろいろな言い方が使われているようだ。

framing(枠付け、囲い込み法、囲い構造など)以外はみな日本語にすると「挿入法」か。

というわけで、「挿入法」という用語もあるが、「サンドイッチ構造」と言っても学問的に全然問題なさそうだ。

「学問的文献ではこのような語り方に対して「サンドウィッチ」物語という語を見い出した人たちもいる。」
C.J.デン・ヘイヤール(伊藤勝啓訳)『マルコによる福音書I』
(コンパクト聖書注解)、
教文館、1996年、p.153。


2.いつ頃から?


Edwardsは、sandwich techniqueという言い方についての、たぶん代表的な文献を挙げているが、その中で一番古いのは、
Earnest Best, "The Temptation and the Passion: the Markan Soteriology," SNTSMS 2; Cambridge: The University Press, 1965.
である。

別に、E.Bestが最初に言い出したというわけではないだろう。

しかし、このあたりから、学術的な文章の中でも「サンドイッチ」という言葉が使われるようになっていったのだろうか。

ちなみに、アーネスト・ベストは、「現代聖書注解」の第二コリントを書いている(山田耕太訳、1989年)。


3.サンドイッチ構造が見られる箇所


一般的には、次の5箇所が挙げられる:
3:20-35、5:21-43、6:7-30、11:12-21、14:1-11。
(Edward, p.203。
『説教黙想アレテイア マルコによる福音書』、
日本基督教団出版局、2010年、p.154。)


(1)Edwards

Edwards はさらに、4:1-20、14:17-31、14:53-72、15:40-16:8の4箇所を加えている。

しかし、4:1-20では、1-9節の種を蒔く人のたとえの語りが中断している感じはなく、時間的にも10節で「イエスがひとりになられたとき」と、少し隔たっている。

14:17-31も、最初はユダの裏切り、最後はペトロの離反であって、サンドイッチのパンの種類が上と下で異なる。

14:53-72は、確かに、54節のペトロが大祭司の屋敷の中庭まで入ってきたことが66節以降に続くが、54節は事態がまだ始まっておらず、状況設定の段階であるので、むしろ、伏線に過ぎない。

15:40以降では、40節で婦人たちが遠くから見守っていたことが、イエスの埋葬後も、47節で婦人たちが墓を見つめていたことにつながっているが、ヨセフによるイエスの埋葬によって事態が大きく変化したわけではなく、変わらない。むしろ、このことが16章につながっていくので、15:40-41、47は、16章への伏線と見た方がよい。 

(2)川島貞雄

川島貞雄は、他に、2:1-12、7:1-23を挙げている。
あるいは、「なお、4:1-20、7:1-23、8:1-21参照」と記している。
川島貞雄『マルコによる福音書――十字架への道イエス』
(福音書のイエス・キリスト2)、
日本基督教団出版局、1996年、p.86,111。


2:1-12は、律法学者が心の中でイエスを非難したことによって、中風の人の癒しが中断される。これによって、中風の人を連れてきた四人の男の信仰を見たことによって癒しがなされることに加えて、人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることが明確に示される。したがって、この箇所は「サンドイッチ構造」と言ってよさそうだ。

4:1-20は(1)で述べた。

7:1-23は、手を洗わないで食事をすることの話題が、まず、人間の言い伝えの問題として捉えられ、続いて、食物規定の問題に変わっていく。それゆえサンドイッチ構造ではない。

8:1-21では、四千人の供食の話はひとまず一件落着しており、14節以降は、別な機会にパンを一つしか持ち合わせていない話と、五千人の供食と四千人の供食の経験の両方の想起であるので、これもいわゆるサンドイッチ構造とは言い難い。

(3)廣石望

廣石は、6:32~8:10も、二つの供食奇跡の間に、清浄規定論争を含むイエスの異邦人への働きに関する諸エピソードが配置されていると見ている。

廣石はさらに、14:3以降の受難物語全体が、イエスに従い仕える女性たちのエピソードに枠づけられて、男性の弟子たちがイエスを裏切り見捨てる話が置かれていると見る。
『新版 総説 新約聖書』p.75。

しかし、6:32~8:10も14:3~16:8も、具が分厚く何段もの層をなしているアメリカン・バーガーなので、いっぺんには口に入らず、崩して食べるしかない。

(4)結 論

結局、サンドイッチ構造としては、一般的に言われる5箇所:
  • 3:20-35(イエスの身内とベルゼブル論争)
  • 5:21-43(ヤイロの娘と長血の女)
  • 6:7-30(弟子の派遣と洗礼者ヨハネ殺害)
  • 11:12-21(いちじくの木と宮清め)
  • 14:1-11(イエス殺害計画とナルドの香油)
に、
  • 2:1-12(中風の人のいやしと律法学者の非難)
を加えた6箇所を挙げるのがよい。

4.サンドイッチの味わい方


「実際のサンドウィッチでも、挟んでいる両側のパンと、挟まれている具とは一体である。好き好きだから、バラバラにして食べてももちろん構わないが、製作者の意図に従えば、一体として食すのが前提である。パンと具の間に調和があったり、緊張があったりする。バラバラにして食べたときには味わえない味を、一体として食べて味わうのである。」
徳善義和「マルコによる福音書 五章二一~四三節」、
『説教黙想アレテイア マルコによる福音書』、日本基督教団出版局、2010年、p.154。


5.「サンドイッチ」か「サンドウィッチ」か


わたしの周りにある辞書の見出しに載っているのは基本、「サンドイッチ」のようだ。

まあ、「マルチン・ルター」と「マルティン・ルター」との違いと同じようなものか。



「クレタ人はいつも嘘つき」 [聖書と釈義]

「新約でのギリシア文学の引用(1)」「新約でのギリシア文学の引用(2)」「新約でのギリシア文学の引用(3)」「新約でのギリシア文学の引用(4)」の続き。

テトス1:12に出てくる「クレタ人はいつもうそつき」について。

すでに、「新約でのギリシア文学の引用(2)」で、「ネストレ26版、27版のLoci Citati vel Allegatiにはあったが、ネストレ28版では記載がなくなった。」とか書いたが、もう少しいろいろ。


1.すでによく知られていた言葉

おそらく、テトス書が執筆された当時、すでに広く知られていた言葉。

古代においては、クレテ人に対してギリシア人が悪口を言うのは一種の慣例であった。
土屋博『牧会書簡』、日本基督教団出版局、1990年、p.142-3。


(1)カリマコス
紀元前3世紀のカリマコス(英:Callimachus)が作った賛歌のうちの"εἰς Δία"(『ゼウス賛歌』Hymn to Zeusとして知られている)の中に出てくる。

Perseus Digital LibraryのCallimachus, "Hymn to Zeus"の本文9行目。

Loeb Classical LibraryのCallimachus, Hymns 1. To Zeusは、ギリシア語と英訳対照(何回かアクセスしているとsubscribeしろと言われ、一部分しか見られなくなる)。

『世界名詩集大成1 古代・中世』平凡社, 1960に抄訳がある?

(2)タティアノス
タティアノス(羅:Tatianus)の"Oratio ad Graecos," 27.6

Internet ArchiveのOratio ad Graecos by Tatian, (Corpus Apologetarum Christianorum Saeculi Secundi, Vol.6, 1851) (当該箇所のあるページ)

(タティアノス「ギリシャ人に対する講話」(抄訳)『原典古代キリスト教思想史(1)初期キリスト教思想家』(教文館、1999)にこの部分が入っているかどうかは不明。)

(3)オリゲネス
オリゲネス(英:Origen)の『ケルソス駁論』(羅:Contra Celsum), 3.43

(出村みや子訳、『キリスト教教父著作集』第8,9巻(オリゲネス3,4)(教文館、1987、1997)に入っているか未確認)


(4)そのほか、Athenagoras, Suppl. 30など。


これらの情報は、例えば、I. Howard Marshall, "A Critical and Exegetical Commentary on The Pastoral Epistles," ICC, T&T Clark, 1999, p.199-201.


2.エピメニデスの作か?
(1)カリマコスがエピメニデスを引用?
『旧約新約聖書大事典』(教文館、1989)のp.425「クレタ」の項には「エピメニデスの作としてカリマコスが引用している」と記されている。しかし、カリマコスの『讃歌』を見ると、そういうことではないようである。カリマコスはエピメニデスの言葉だと知っていて使ったかもしれないが、むしろ、当時よく知られていた言葉として引用した感じである。「エピメニデスが言ったごとく」などと、詩文の中でわざわざ言うことはしていない。

(2)アレクサンドリアのクレメンス
クレメンスは、『ストロマテイス』の第1巻14章(1.59.2)の中で、エピメニデスについて使徒パウロがテトス1:12で言及していると言っている。
英訳:
http://www.newadvent.org/fathers/02101.htm
or
英訳
http://www.earlychristianwritings.com/text/clement-stromata-book1.html

邦訳
秋山学、「アレクサンドリアのクレメンス『ストロマテイス』(『綴織』)第1巻─全訳」、筑波大学大学院人文社会系文芸・言語専攻紀要『文藝言語研究 言語篇』、vol.63(2013年3月)(pdf)。

(3)ヒエロニムス
ヒエロニムスのテトス書注解(Commentariorum in Epistolam ad Titum)でもエピメニデスに帰しているらしい。

ヒエロニムスのテトス書注解は、PL, 26.572f.とのこと。
http://www.documentacatholicaomnia.eu/02m/0347-0420,_Hieronymus,_Commentariorum_In_Epistolam_Beati_Pauli_Ad_Titum_Liber_Unus,_MLT.pdf
の572ページの途中からの707(PLが採用したVallarsiの版のページ数)の中らしい。ただでさえわからないラテン語なのに、文字がかすれてて余計わからない。

英訳があるようだ。Thomas P. Scheck, "St. Jerome's Commentaries on Galatians, Titus, and Philemon," University of Notre Dame Press, 2010.

(4)J.R. Harris
James Rendel Harris(1852-1941)は、9世紀のIsho'dadによるシリア語の使徒行伝注解を発見し、Expositor誌に発表した。

James Rendel Harris, "The Cretans Always Liars,"The Expositor," Series7, Vol.2, No.4, Oct. 1906, pp.305-317.

James Rendel Harris, "A Further Note on the Cretans,"The Expositor," Series7, Vol.3, No.4, Apr. 1907, pp.332-337.

James Rendel Harris, "St. Paul and Epimenides,"The Expositor," Series8, Vol.4, No.4, Oct. 1912, pp.348-353.

いちいち読んでいられないが、Isho'dadによる使徒行伝注解の中で、エピメニデスによるとされる4行の詩文の2行目に、「クレタ人はいつもうそつき、悪い獣、怠惰な大食漢だ。」という言葉あるとされている。この詩文の4行目は「あなた〔ゼウス〕の中に、我らは生き、動き、存在する」となっている。これは使徒17:28に引用されている言葉。

しかし、I. H. Marshallによると、どうも怪しい(Isho'dad's accuracy has been questioned)ということであり、近年の多くの注解者も疑問を呈しているようだ。

まあ、一つの詩でもって、使徒17:28とテトス1:12という二つの出所不明箇所が解決するとは、なんともうますぎる話だったということか。


結 論

・ 前3世紀のカリマコスの作品の中に「クレタ人はいつも嘘つき」という言葉が出て来ることは確からしい。

・ それ以前では、アレクサンドリアのクレメンスらがエピメニデスとしているものの、エピメニデスが記したかどうかは確証がない。
(言語学的には、ギリシア語がアッティカ方言であってクレタのギリシア語になっていないから、エピメニデスではありえないという専門的な理由もあるようだ。)

・ そもそも、エピメニデスという人物が伝説的というか神話的な面がある。迷子の羊を探しに行って、洞穴で一休みしして昼寝をして、起きたら57年後だったとか。

・ そういうわけで、ネストレは28版から、この箇所の出所について何も記さなくなったのだろう(か?)。

・ 牧会書簡の緻密な注解書は、日本語ではまともなものはなく、I.H.MarshallによるICCがよい。

・ wikipediaは、日本語版も英語版もあてにしてはならない。



「新約でのギリシア文学の引用」
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新約でのギリシア文学の引用(4) [聖書と釈義]

「新約でのギリシア文学の引用(1)」「新約でのギリシア文学の引用(2)」、及び、「新約でのギリシア文学の引用(3)」の続き。

ジョン・ミルトン『アレオパジティカ』の中で、
「パウロは一人の悲劇詩人を含め、三人のギリシャ詩人の格言を聖書に入れるのは、神の冒涜ではないとしました。」
と記されている。
(原田純訳『言論・出版の自由 アレオパジティカ 他一篇』、岩波書店、2008年、p.24。)

訳者の注によると、この3人とは、使徒17:28のアラトス、一コリント15:33のエウリピデス、テトス1:12のエピメニデスであるとあるが、これについて。


●使徒17:28
ここをアラトスとするのは、まったく問題ない。

●一コリント15:33
ここは、多くの注解書でメナンドロス(英語形はMenander)とされている。が、ネストレにはエウリピデスも記されているし、その他にもいろいろ出てくるらしい(たとえば、NIGTCのA. C. Thiseltonによる第一コリント注解のp.1254と、脚注249参照)。

そういうわけで、一コリント15:33をエウリピデスとするのは、間違いではない(メナンドロスも書いておいてほしいところだが)。

また、おそらくそういうわけで、岩波文庫の旧訳の上野・石田・吉田訳『言論の自由――アレオパヂティカ』(岩波文庫4943、1953年)の注は、「ユーリピディーズまたはメナンダーから」とされているのであろう(海外の『アレオパヂティカ』やその研究書を参考にしたのだろうが)。

●テトス1:12
ネストレ28版ではギリシア文学のどこに見られるかの記載がなくなったが、ネストレ26版、27版ではエピメニデスとされていた。
したがって、テトス1:12をエピメニデスとするのは間違っていない。

逆に、ネストレ28版しか見ていなかったら、パウロが引用したギリシア詩人の格言として、何でテトス1:12が挙げられるのか、もとになっているギリシア詩人は誰なのか、分からない。


というわけで、結論:
1.原田純訳『言論・出版の自由 アレオパジティカ 他一篇』(岩波文庫)のこの箇所の注は、まちがっているとは言えません。

2.ネストレは、古い版もちゃんととっておいて、参照しましょう。



なお、ミルトンの『アレオパジティカ』については、
 2015年5月13日のブログ記事
 2015年5月14日のブログ記事
を参照。


「新約でのギリシア文学の引用」
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新約でのギリシア文学の引用(3) [聖書と釈義]

「新約でのギリシア文学の引用(1)」、及び、「新約でのギリシア文学の引用(2)」の続き。

ネストレの巻末のLoci Citati vel Allegatiに記されている古代ギリシア文学からの引用箇所のうち、
ネストレ26版(27版も同一、28版ではなくなった)で出典不明とされている6箇所

  ヨハネ7:38
  一コリント9:10
  二コリント4:6
  エフェソ5:14
  一テモテ5:18
  ヤコブ4:5

についてのコメント。


● ヨハネ7:38
「・・・聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」
直接これの引用元と考えられる旧約聖書の箇所はない。ネストレ26~28版の本文も斜体にはしていない。

● 一コリント9:10
「耕す者が望みを持って耕し、脱穀する者が分け前にあずかることを期待して働くのは当然です。」
ネストレ26~28版の本文は斜体にしているが、新共同訳では引用文になっていない。

● 二コリント4:6
「闇から光が輝き出よ」
ネストレ26~28版は斜体にしていない。直接これの引用元と考えられる旧約聖書の箇所はない。

● エフェソ5:14
「眠りについている者、起きよ。死者の中から立ち上がれ。そうすれば、キリストはあなたを照らされる。」
ネストレ26~28版は、斜体にはしていないが、字下げして詩文にしている。
直接これの引用元と考えられる旧約聖書の箇所はない。洗礼の際の賛歌か、他宗教やグノーシスの影響を受けた言葉が元にあるのか、諸説ある。

● 一テモテ5:18
前半の「脱穀している牛に口籠をはめてはならない」は、申命記25:4。
後半の「働く者が報酬を受けるのは当然である」は、旧約には当てはまる箇所がないが、ルカ10:7(並行マタイ10:10)でいいんじゃないの?
すでに福音書が知られていたということか。

● ヤコブ4:5~6
「神はわたしたちの内に住まわせた霊を、ねたむほどに深く愛しておられ、もっと豊かな恵みをくださる。」
ネストレ26~28版は斜体にしていない。
直接これの引用元と考えられる旧約聖書の箇所はない。
どこまでが引用句なのかについて諸説あり、「・・・妬むほどに深く愛している」までとするものもある(口語訳、フランシスコ会訳など)。


「新約でのギリシア文学の引用」
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新約でのギリシア文学の引用(2) [聖書と釈義]

「新約でのギリシア文学の引用(1)」の続き。

ネストレの巻末のLoci Citati vel Allegatiに記されている古代ギリシア文学からの引用箇所は、
  ネストレ26版では6箇所(使徒26:14の2回を一つに数える)
  ネストレ27版では5箇所
  ネストレ28版では4箇所
になった。

そこで、ネストレ26版にあった全6箇所:
  使徒17:28
  使徒20:35
  使徒26:14
  一コリント15:33
  テトス1:12
  二ペトロ2:22
について、ただし、使徒17:28は前半と後半があってややこしいので2つに分けて、以下にコメントする。


● 使徒17:28前半
我らは神の中に生き、動き、存在する。

前半については、大きく二つの見方がある。

A:明白に何かの引用として記す方法(新共同訳、岩波訳、フランシスコ会訳)
B:地の文の中で、よく知られている言い回しを使ったとする方法(ネストレ)

もう一つ問題があり、原文ではこの節の真ん中にある「あなたがたのうちの詩人たちの中のある者たちも言っているごとく」(直訳私訳試訳)を
A:「我らは神の中に・・・」と後半の「我らもその子孫・・・」の両方に掛ける(新共同訳)
B:後ろの「我らもその子孫・・・」だけに掛ける(岩波訳、フランシスコ会訳)

この引用元については、ネストレ26~28版いずれも、何も記していない。注解書等には、テトス1:12とともにエピメニデスという説がよくあるが、現在では怪しいということか(テトス1:12の「クレタ人はいつも嘘つき」についての2016年9月29日の記事参照)。

荒井献によれば、「われわれは神のうちに・・・存在する」(荒井は「うちに」に傍点を付している)と謳われている汎在神論的思想は、当時の通俗哲学的な詩句であり、したがって何かの引用ではなく、「それを反映したルカの地の文章とみなすべきであろう。ギリシア語底本〔春原注:ネストレ28版〕も引用文としてプリントしていない。」
(荒井献、『使徒行伝 中巻』(現代新約注解全書)、新教出版社、2014年、p.438-439)



● 使徒17:28後半
我らもその子孫である。

後半は、アラトス(希:Ἄρᾱτος、羅:Aratus)の「パイノメナ」(希:Φαινόμενα、羅:Phaenomena)、5。

作品名の日本語表記にはいろいろあるが、ラテン語風だと「フェノメナ」だけど、ギリシア語の文学なのでギリシア語の読み方に従った方がよい。すると「ファイノメナ」でもよいかもしれないが、古典ギリシア語なので「パイノメナ」の方がいい。

「パイノメナ」は、そのまま「現象」とか、内容を汲んで「星辰譜」などといろいろに和訳されている。

「パイノメナ」はアラトスの現存する唯一の作品で、「天文詩」ともいうべきもので、「ストア主義的なゼウス讃歌から始まって、神話・伝説、ことに星座への変身物語をきわめて効果的に配置しながら1154行にわたって叙述」したもの(松本他『ギリシア文学を学ぶ人のために』世界思想社、1991年、p.248)。

邦訳は、伊藤照夫訳『ギリシア教訓叙事詩集』(西洋古典叢書)、京都大学学術出版会、2007年に収録されている。


● 使徒20:35
「與ふるは受くるよりも幸福(さいはひ)なり」(大正改訳)

「受けるよりは与える方が幸いである」(新共同訳)


ネストレ26版のLoci Citati vel Allegatiにはあったが、27版でなくなった。

ネストレ26版では、Thucydides Ⅱ97,4とある。
ネストレ27版では、本文の外側欄外にThucydⅡと記されている。
ネストレ28版では、本文の外側欄外にも記されていない。

トゥキディデスは紀元前400年頃の古代アテネの歴史家なので、主イエス御自身が言った言葉として記録しているはずはない。似たような言い回しがあるということか。


邦訳は、トゥキュディデス(小西晴雄訳)、『歴史』(上、下)(ちくま学芸文庫ト-15-1,2)、2013年。これは、『世界古典文学全集11』(筑摩書房、1971年)の文庫化。

2.97.4の箇所は、上巻208ページ。これを読むと、たまたま似たような表現があるという程度で、意味は逆だし(「与えるより受けるを得とし」)、格言となるような言い方でもない。


岩波文庫では、トゥーキュディデース(久保正彰訳)、『戦史』(上、中、下)(岩波文庫 青406-1~3)、1966~1967年。
「贈答品の授受については、一般のトラーキア人の間におけると同様オドリューサイ人の間でも、ペルシアの慣習とは逆に、与うるよりも受けるを徳とする風習があったが(そして求められて与えざるは、求めて得ざるよりも大なる恥とされていた)・・・」
上巻、p.290。


邦訳は他に、京都大学学術出版会からのものもあり。


似たような言い方は、ディダケー(十二使徒の教訓)1.5
「誡命に従って与える人はさいわいだ。・・・貰う人はわざわいだ」
佐竹明訳
(荒井献編『使徒教父文書』(講談社文芸文庫)1998年、p.28。)


あるいは、クレメンスの手紙――コリントのキリスト者へ(Ⅰ)2.1。
「受取ることよりもむしろ与えることの方に喜びを抱いている。」
小河陽訳
(荒井献編『使徒教父文書』(講談社文芸文庫)1998年、p.83。)



「与える人は幸いだ」は、ギリシアの格言としてよく知られていたようだ。その一方で、この言葉が含まれた主イエスの語録があったと考えられるかもしれない。

ただし、主イエス自身がこれを言ったと言えるかどうかは難しそうだ。
(荒井献、「「受けるよりは与えるほうが幸いである」(使20:35)はイエスの言葉か」 in 『福音と世界』2016年9月号、新教出版社、pp.34-41参照。)



● 使徒26:14
とげの付いた棒をけると、ひどい目に遭う。

エウリピデス(希:Εὐριπίδης、羅:Euripides)の「バッカイ」(希:Βάκχαι、羅:Bacchae), 795(ネストレ27版は794sと記す).

ネストレ26版には、Euripides, Bacchae 794 とJulianus, Or. 8,246b(ユリアヌス『演説集』)の両方が記されているが、27版でJulianusはなくなった。ユリアヌスは、361-363年にローマの皇帝を務めたいわゆる背教者ユリアヌスのことなので、より古い紀元前480頃(あるいは485頃?)-406頃のエウリピデスだけが残されたということか。

「バッカイ」について、ディオニュソス(元はギリシア語なので、ラテン語風に「ソース」などと伸ばさない)のことをローマ神話では「バックス」と言い、これがさらにギリシア語に戻されて「バッコス」となり、彼に信従する女性たちのことを、これを女性複数形にして「バッカイ」と言った(ということだろうと思う)。それで、「バッコスの信女たち」という表記もある。

「バッカイ」の邦訳は、逸身喜一郎訳で岩波書店の『ギリシア悲劇全集 9』に収録されている(文庫化されている。『バッカイ――バッコスに憑かれた女たち』岩波文庫赤106-3、2013年)。
これによると、795行目(794行目から文はつながっている)は、ディオニューソスの言葉で、
「棒を蹴とばして怪我をするより、私なら供物を捧げるのに。」
逸見喜一郎訳
(『ギリシア悲劇全集9』、岩波書店、1992年、p.50)
(文庫だとp.82。)



岩波訳の注によると、これは古代ギリシアの格言で、エウリピデスの他に、アイスキュロスの『アガメムノン』1624にも出てくるらしい。

アイスキュロスは前525年生まれなので、エウリピデスより年長である。ネストレがエウリピデスを記すのは、アイスキュロスの方はまだ格言的な言い回しになっていないためか。

「アガメムノン」の邦訳は『ギリシア悲劇全集1』(久保正彰訳、岩波書店、1990年)に収録されている。この1624行目は、
「突き棒を蹴るな、ということだろう。蹴って痛がるのは、あなたのほうだ。」
久保正彰訳
(『ギリシア悲劇全集1』、岩波書店、1990年、p.106)



格言とかは、少しずつ表現が変化しながら自然と語り継がれ広まるという面もあるだろうから、そもそもぴったりの出典というものがない場合もあるだろう。パウロは、自分の回心の話をする際、ギリシア文学を意識的に引用したというより、すでによく知られていた格言を、出典など気にせずに挟んだという感じではなかろうか。


● 一コリント15:33
悪いつきあいは、良い習慣を台なしにする。

喜劇作家メナンドロス(希:Μένανδρος、英:Menander)の「タイス」(希:Thaïïs)の断片から(番号は、ネストレ27版ではKockの218、ネストレ28版ではKassel-Austinの165)。


ネストレ27版、28版では、括弧して、エウリピデスの断片1024とイコールとある。

岩波書店『ギリシア悲劇全集12 エウリーピデース断片』(1993年)に邦訳あり。この1024は、
「(三行破損)」と記した後、つまり4行目として、
「邪悪な交わりがすぐれた風習を損なってしまうのである。」
(p.477)


年代的には、メナンドロスは前342/1年~293/2年、エウリピデスは前485/4頃~406年である。
(松本他編『ギリシア文学を学ぶ人のために』世界思想社、1991年による。)


しかし、これも、すでによく知られた格言であったのだろう。
(cf. Anthony C. Thiselton, "The First Epistle to the Corinthians: A Commentary on the Greek Text" (NIGTC), Wm. B. Eerdmans Pub. Co., 2000, p.1254.)


● テトス1:12
クレタ人はいつもうそつき、悪い獣、怠惰な大食漢だ。

「クレタ人はいつもうそつき」あるいは「クレタ人はいつも嘘をつく」について、エピメニデスEpimenidesの「託宣について」という意味のDe oraculis。ギリシア語ではπερὶ χρησμῶν

ネストレ26版、27版のLoci Citati vel Allegatiにはあったが、ネストレ28版では記載がなくなった。

「エピメニデスの作としてカリマコスが引用している」(『旧約新約聖書大事典』、教文館、1989、p.425「クレタ」の項)ということだが、エピメニデスの存在自体が伝説的である。ネストレ28版のLoci Citati vel Allegatiでなくなったのはそのためか、あるいは、それ以前からある格言らしいからか。


● 二ペトロ2:22
前半の「犬は、自分の吐いた物のところへ戻って来る」は箴言26:11。

後半の
豚は、体を洗って、また、泥の中を転げ回る。
について、ヘラクレイトス(羅:Heraclitus)断片B13?。

『岩波キリスト教辞典』(岩波書店、2002年)の「豚に真珠」の項(大貫隆)では、2ペトロ2:22後半について、「ヘラクレイトスの断片13(ディールス/クランツ版)「豚はきれいな水よりも、泥を喜ぶ」(アレクサンドリアのクレメンス『絨毯』Ⅰ,2,2他に引用)が有力である。」
とある。「絨毯」とは「ストロマテイス」のことか?

アレクサンドリアのクレメンスの『ストロマテイス』は、平凡社の『中世思想原典集成1』にあるのか?
また、教文館の『キリスト教教父著作集』収録への準備として、秋山学による翻訳が、筑波大学大学院人文社会系文芸・言語専攻紀要『文藝言語研究 言語篇』に順次発表されている。「ストロマテイス」の第1巻は、vol.63(2013年3月)にある(pdf)

注解書には、『アヒカルの書』(アヒカル物語とも、Achikar)とされているものが多い(『新共同訳聖書注解』、『現代聖書注解』など)ので、以前はこの説が主流だったか?

いずれにしても、パウロもペトロも、出典となるギリシア文学を知っていて引用したというよりも、格言のような形で当時、人々にあるいは知識人の中で良く知られていた言葉を使ったということだろう。


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新約でのギリシア文学の引用(1) [聖書と釈義]

ネストレの巻末のLoci Citati vel Allegatiに、新約の中で、旧約その他の文書から引用されている言葉の箇所がまとめられている。

そこには、旧約聖書と旧約外典偽典からの引用箇所の他、古代ギリシア文学などからの引用もまとめられている。

Loci Citati vel Allegatiは、ネストレ26版からある(ネストレ25版(わたしが見たハンディ版)は旧約からの引用のみ)。

ところが、ギリシア文学からの引用として挙げられている箇所は26版、27版、28版それぞれで異なる。

そこで、それぞれの版に掲載されている箇所を挙げる。

その際、ネストレでは著者のアルファベット順に記されているが、ここでは聖書の順で記す。


1.ネストレ26版
ギリシア文学からの引用は7箇所、不明6箇所。
  使徒17:28
  使徒20:35
  使徒26:14(×2)
  一コリント15:33
  テトス1:12
  二ペトロ2:22

不明が、
  ヨハネ7:38
  一コリント9:10
  二コリント4:6
  エフェソ5:14
  一テモテ5:18
  ヤコブ4:5
(これらのうち、一コリント9:10と一テモテ5:18は斜体で記されていて、何かの直接的な引用とされている)


2.ネストレ27版
ギリシアの文学からの引用は5箇所、不明6箇所。
  使徒17:28
  使徒26:14
  一コリント15:33
  テトス1:12
  二ペトロ2:22

不明が、
  ヨハネ7:38
  一コリント9:10
  二コリント4:6
  エフェソ5:14
  一テモテ5:18
  ヤコブ4:5
(26版同様、これらのうち、一コリント9:10と一テモテ5:18は斜体で記されている)

※ネストレ26版と比較して、使徒20:35がなくなったのと、使徒26:14が一つになった。その他は同一。


3.ネストレ28版
ギリシア文学からの引用は、4箇所。不明の記載はない。
  使徒17:28
  使徒26:14
  一コリント15:33
  二ペトロ2:22

※ネストレ27版と比較して、テトス1:12がなくなった。不明の記載もなくなった。


「新約でのギリシア文学の引用」
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エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ [聖書と釈義]

1.
(a) マルコ15:34の Ελωι Ελωι λεμα σαβαχθανι には、さまざまな異読がある。その分析については、たとえば、蛭沼寿雄『新約本文学演習 マルコ福音書・マタイ福音書』(蛭沼寿雄著作選集第1巻)、新教出版社、2011年、p.220-221。

(b) しかし、それはともかく、イエスは何語で叫んだかと考えると、詩編22:2に基づいて、そのままヘブライ語で叫んだかも知れないし、それを日常語であったアラム語に言い換えて叫んだかもしれない。

(c) 当時のユダヤ人の言語状況を考えると、アラム語とヘブライ語は大変似通った言語であったので、人々がそれぞれを完全に区別して使っていたとは考えられず、むしろ、かなり「ちゃんぽん」にしゃべっていたのかもしれない。(田川建三『新約聖書 訳と註1 マルコ福音書/マタイ福音書』、作品社、2008年、p.474前後)

(d) さらに、十字架刑に処せられて、しかも、神から見捨てられるという状況の中での叫び声なのだから、発音が不明瞭であってもおかしくない。(このあたりも田川が指摘している)

(e) そのような中で、マルコはアラム語で記し、マタイは半分アラム語、半分ヘブライ語で記したのである。

2.
(a) さて、そのようなイエスの叫び声を「エリヤを呼んでいる」と聞いた人がいる。このときイエスのそばにいた人たちにはユダヤ人もいただろうが、一番近くにいたのは死刑の執行に直接携わっていたローマの兵士たちではないだろうか。

(b) 36節の「酸いぶどう酒」もローマの下級兵士の飲み物だったという。したがって、35節で「エリヤを呼んでいる」と聞いた人も、36節で走り寄った「ある者」も、どちらもローマの兵士であったと考えるのが妥当である。

(c) 彼らは、ユダヤ地方に駐屯している間にどこかで、苦しむ義人にエリヤが天から助けに来るというユダヤ人たちの間にあった民間信仰(たとえば岩波の新約聖書の当該箇所の註)の話を聞いていただろう。彼らはアラム語もヘブライ語も知らないが、なんだかわからないイエスの叫び声を聞いた時に、あの「エリヤ」のことかと思ったに違いない。(この辺もだいぶ田川に拠っている)

(d) とすると、「エリヤが彼を降ろしに来るかどうか、見ていよう」というのは、民間信仰で言われていることが本当かどうかちょっと様子を見てやろうぜということである。これは、イエスの十字架の苦痛に対する同情(ある註解書)などではなく、ローマの兵士たちによる興味本位か相変わらずの嘲りである。
 (マタイでは、酸いぶどう酒を飲ませようとした人とは別な人が「待て」と言っているので、酸いぶどう酒を飲ませようとしたのは少しばかりの同情であったのだろう。)

(e) つまり35~36節はローマ兵による嘲笑の記事であり、そうすると、39節で「本当に、この人は神の子だった」と吐露する百人隊長と対照的に描かれている。(この2者の対照は、たとえばヒュー・アンダーソンのニューセンチュリー聖書注解、邦訳423頁でも指摘されている)
 同じローマの兵隊でも、一方はイエスを嘲笑し、一方はこの人を神の子と認めるのである。

(f) 結局、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」のさまざまな異読の状況は、これをエリヤに聞き間違えたローマ兵による嘲笑を経由して、百人隊長の「神の子」告白を浮かび上がらせている。



ペテロは初代法王か?(2) [聖書と釈義]

 使徒ペトロを初代教皇とする根拠として挙げられる聖書箇所はマタイ16:13~20。このうち特に16~19節が重要であるが、ほんとうにペトロが初代教皇なのだろうか。

(続き)

4.伝説はいつから?
 それでは、いつからペトロが初代教皇と言われるようになったのだろうか。ルツのEKKによれば、3世紀の監督ステファヌスやキュプリアヌスに見られるようである(ルツ著、小川陽訳、『EKK新約聖書註解Ⅰ/2 マタイによる福音書(8~17章)』、pp.612~614)。
 つまり、「マタ一六・一八をローマ教皇首位権を指すものと解釈することは、三世紀からの新しい解釈である」(同、p.615、「新しい」に傍点)。

5.誤った解釈か?
 聖書のテキストは自由な潜在的力を持っており、新しい状況において新しい意味が発見される。ルツは、このことを指摘して、なんと、J.ラッツィンガー(小川陽訳での表記はラツィンガー。第265代ローマ教皇ベネディクト16世、在位:2005.4.19 - 2013.2.28)がミュンスター就任講演で語った立場とさほど離れていないと注に記している(p.979)。
 したがって、マタイ16:16~19の「教皇的解釈」も、数ある解釈の一つである。そこには、キリスト教信仰の一部の真理が生きている。とはいえ、「教皇的解釈」はテキストからもっとも遠く離れていると言わざるを得ない。(同、pp.616~621)

6.「岩」は何を指すか
 18節の「岩」とは「教会」の土台となるものであるが、それが何を指すのかを考えてみると、「岩」とは「天の父」から示されてなされた信仰告白である。
 石が岩のかけらというか岩を構成する部分であるように、信仰告白という岩を形成するのが石たる信徒一人ひとりなのである。

7.信仰告白による教会の一致
 ペトロは、すべての弟子たちの典型であり、全教会を代表している。すなわち、ペトロは全教会の一致の「化身」である(p.623)。そして、ペトロにおいて全教会、全信徒が代表されているならば、全教会は、信仰の告白において一つとなる。

 この理解は、宗教改革後のプロテスタント教会の主張するところとなったが、オリゲネスやテルトゥリアヌスにこの理解が見られるように東方教会に源を持つ。(pp.616~617)


ペテロは初代法王か?(1) [聖書と釈義]

 使徒ペトロを初代教皇とする根拠として挙げられる聖書箇所はマタイ16:13~20。このうち特に16~19節が重要であるが、ほんとうにペトロが初代教皇なのだろうか。

予備知識1:
 ローマ・カトリック教会のいわゆるトップは、法王というのは俗称とも言える名称で、キリスト教内では教皇という。

 これについては、カトリック中央協議会のサイトの中の「「ローマ法王」と「ローマ教皇」、どちらが正しい?」のページで。

予備知識2:
 ちなみに、歴代教皇のリストはこちら。

予備知識3:
 朝日新聞2013.3.2付の社説欄「コンクラーベ 人々に寄り添う法王を」の記述の中で、ペトロの名について「動じない人になれ、と岩を意味する名をイエスがつけた」とあるが、これは、執筆者の勝手な思い込みか、分かってない人の著作で仕入れた知識だろう。
 聖書を読めば分かるように、イエスは「この岩の上にわたしの教会を建てる」と言われたと記されているので、岩とは土台を意味してる。(もちろん比喩的な意味で「土台」と言っているということぐらいは、信徒でなくても察しがつくだろう。)

予備知識4:
 その関連で、ペトロπέτροςは「石」を意味し、πέτραは「岩」を意味する。(バウアーのギリシャ語辞典、バルツ&シュナイダーの『ギリシャ語新約聖書釈義事典』、ルツのEKKなど)


1.マタイの記事の独自性
 この記事は、マルコとルカにもあるが、大きな相違が何点かある。
a)「私を何者と言うか?」とのイエスの問いに対するペトロの答えが異なる。マルコ8:29は「あなたはメシアです」、ルカ9:20は「神からのメシアです」。これらに対し、マタイは「あなたはメシア、生ける神の子です。」と一番凝った返事をしている。
b)マタイは「このことを現したのは、人間ではなく、私の天の父なのだ。」とのイエスの言葉を記す。これは他の福音書にない。
c)さらに、マタイ16:18も他の福音書にない。
d)19節の鍵の権能の授与も他の福音書にない。

 なお、福音書の中でペトロは、決して立派な存在ではない。「信仰の薄い者よ」(マタイ14:31)と言われ、三度イエスを否認する。また、ヨハネ福音書では、裸同然であったのを恥じて思わず湖に飛び込んでいる(ヨハネ21:7)。

2.マタイにおけるペトロ
・マタイ15:15は、マルコ7:11の「弟子たち」を「ペトロ」に置き換えている。
・マタイ16:16でペトロは弟子たちを代表して答えている(並行箇所のマルコ8:29、ルカ9:20も同様)。
・マタイ26:40でも、ペトロは弟子たちを代表して答えている(マルコ14:37も同様)。
・マタイ21:20では、マルコ11:21の「ペトロ」を「弟子たち」に書き換えている。
・マタイ24:3では、マルコ13:3でペトロを含む三人の弟子たちの名が挙げられているのを、単に「弟子たち」とする。
・マタイ28:7は、マルコ16:7の「弟子たちとペトロ」を単に「弟子たち」とする。
・マルコ1:36のペトロのリーダー的な役割の記事を、マタイは採用していない。

 など。以上のことから、とりわけマタイでは、ペトロは、弟子の筆頭者ではある(マタイ10:2で「ペトロ」の名の前にπρῶτος「まず」とある)が、弟子たちのトップとかリーダーではなく、弟子たちの総代というか、代弁者というか、そういう意味での代表者であり、典型である。

 なお、この点について、『ギリシア語新約聖書釈義事典』(教文館)のπέτραの項とπέτροςの項は、どちらもカトリックのルドルフ・ペシュ(Rudolf Pesch)の執筆で、「ペトロは・・・決定的な啓示伝達者として指名される」(第三巻、p.111右欄)とか、「ペトロは極めて強固な指導的地位を有していたようであり」(同、p.113左欄)とか、あまりにも無批判にカトリック的である。

3.結 論
 マタイによる福音書において、信仰告白の言葉も鍵の権能も、ペトロは弟子たちを代表し典型として受け取っている。つまり、信仰告白と鍵の権能は、すべてのキリスト者ないし教会に与えられたのであって、ペトロという個人に与えられたのではない。


剣を取る者は、剣で滅びる。 [聖書と釈義]

 この言葉は、他の福音書にはなく、マタイによる福音書26:52のみにある。

1.旧約の言葉の実現ということが焦点

(1)マタイによる福音書は、旧約の言葉がイエス・キリストにおいて現実となったことを繰り返し記している(1:22、2:15、17、23、4:14、8:17、12:17、13:14、35、21:4)。イエス・キリストにおける旧約の預言の成就は、マタイによる福音書の全体から特徴的に語られていることのひとつである。

(2)「剣を取る者は皆、剣で滅びる」との言葉は、特にそれが強調されている段落の中にある。52節「しかしそれでは・・・聖書の言葉がどうして実現されよう」、56節「このすべてのことが起こったのは、預言者たちの書いたことが実現するためである。」

(3)50節「しようとしていることをするがよい」というイエスのユダに対する言葉は、何か大きな省略があるような原文のため、解釈が困難な箇所とされている(crux interpretum. たとえば、ルツ、EKKⅠ/4、p.207)。
 「あなたはそのためにここに?」といったような疑問文に翻訳されることもあれば(口語訳はこちら)、「あなたがここに来た目的のことを〔せよ〕」と命令文のように訳されることもある(新共同訳はこちら)。
 今ちょうど手元にあるRSVは、本文は"why are you here?"としつつ、脚注に"do that for which you have come."と記している。(こういう箇所には、こういう注は必要だろう。ちなみに私が持っているNRSVは、本文を"do what you are here to do.と、RSVの脚注と入れ替えるものの、脚注はなくなっている。)

 いずれにしても、イエスは、ユダが何のためにやってきたか知っており、その上に、ユダがしようとしていることは聖書の言葉の実現につながることを知っている。それゆえ、イエスのユダに対するこの言葉も、イエス自身の歩みによって聖書の預言が成就するための言葉である。

2.「剣を取る者は皆、剣で滅びる」の意味
 それゆえ、イエスと一緒にいた者の一人がイエスを捕らえに来た者たちに対して剣を抜いて打ちかかったこと(51節)は、聖書の言葉の実現を妨げる行動であった。

 つまり、「剣を取る者は皆、剣で滅びる」というイエスの言葉の中の「剣」とは、聖書の言葉の実現に逆らってしまう人間の思いを象徴している。
 「剣」とは、神の計画に反して自分が良かれと思うことをしてしまう人間の愚かさであり、これが正しいと思い込んで、正義感や義侠心を貫こうとする態度のことである。
 自分の思いを貫くことに固執する者は、それが神の計画に反するゆえに滅びに至る。これが、「剣を取る者は皆、剣で滅びる」の意味である。

3.結 論
 というわけで、聖書の言葉は、特定の部分だけ抜き出して都合良く用いるのではなく、文脈をよく見てその意味を考えましょう。

銀貨30枚の価値 [聖書と釈義]

 ユダがイエスを祭司長たちと長老たちに売り渡した「銀貨30枚」はどのくらいの価値であったのか。
Judas Returning the Thirty Silver Pieces by Rembrandt
1.聖書箇所
 ユダが銀貨30枚でイエスを売り渡したことは、マタイにのみ出てくる。マタイ26:15、27:3、9

2.諸説
 銀貨30枚がどのくらいの価値であったかについて、諸説ある。
(1)出エジプト記21:32から、奴隷一人分の値段。
(2)デナリオン銀貨一枚が一日分の賃金に相当する(マタイ20:2)ので、銀貨30枚はおよそ一月分の賃金。
(3)ある女性がイエスの頭に注いだ非常に高価な香油が300デナリオン以上であった(マルコ14:5、ヨハネ12:5)ことから、イエス自身はその10分の一で売られた。

3.諸説の評価
 しかし、(1)については、イエスの時代にはこの金額はそのおよそ十分の一の価値しかなかった(E.シュヴァイツァー、NTD)との説もある。(2)ではデナリオン銀貨と明確に語られているが、ユダが売り渡した金額は何の銀貨か記されていない。マタイは、必要なときには明確に価値を記している(10:29、22:19)。(3)については、マタイではきわめて高価な香油の具体的な金額は出てこない(マタイ26:9)ので、それとの対比は意図されていない。

4.銀貨30枚の価値は関心外
 結局、マタイによる福音書は、銀貨30枚がどのくらいの価値であったか、すなわち、ユダはイエスを高額で売り渡したのか、それともごくわずかな金で引き渡したのかについては関心を持っていない。しいて言えば、ある程度まとまった土地を購入できるほどの価値ということになろう(マタイ27:7)。

5.旧約の預言の成就
 銀貨30枚への言及は、ユダの裏切りの企ての記事にあり(26:14~16)、ユダがそれを返そうとした記事にあり(27:3)、そして、これらのことが預言者エレミヤの言葉の実現だとする記述に至る。27:9~10の言葉は直接エレミヤ書に現れる言葉ではなく、ゼカリヤ11:13やエレミヤ18:2~3、19:1、32:7~9など陶器師や畑を買うなどの連想でつなぎ合わせてエレミヤの言葉としたものであり、しかしそのようにされたことを通して、これらのことが旧約の預言の成就であると主張されている。

6.仕掛けられた小道具
 そうすると、銀貨30枚というのは、マタイ26:15の最初から、これらのことが旧約の預言の成就であることを示すために仕掛けられた重要な小道具であったのだ。

 というわけで、注解書の諸説に惑わされず、聖書そのものをよく読みましょう。

ツィポラ、割礼、血の花婿(3) [聖書と釈義]

出エジプト記4章24~26節

注解書が紹介する諸説に惑わされず、聖書そのものをちゃんと読む。

15.血は、過越そしてイエス・キリストを指し示す
 モーセは血が塗られることによって、命が助かった。このことは、家に小羊あるいは山羊の血を塗ることで神の裁きから救われることを指し示している(12:13)。
 さらに、過越の血は、わたしたちがイエス・キリストの血によって滅びから救われることを指し示している。

16.主との間を取り持つツィポラ
 モーセを主の殺害の手から救ったのは、ツィポラである。ツィポラは、主とモーセの間の仲介者として行動した。仲介者の存在と業によって救いが行われることも、イエス・キリストを指し示している。

17.異邦人ツィポラとイスラエルの救い
 しかも、ツィポラはミディアン人だった(2:16~21)。この異邦人ツィポラの働きによって、ゆくゆくは、イスラエルの民がエジプトから救い出されることになる。このことはさらに、異邦人全体の救いによって全イスラエルが救われるという神の「秘められた計画」(ローマ11:25~26)を指し示している。

(完)

ツィポラ、割礼、血の花婿(2) [聖書と釈義]

出エジプト記4章24~26節

注解書が紹介する諸説に惑わされず、聖書そのものをちゃんと読む。

12.主はなぜモーセを殺そうとしたのか
 主なる神は、ある者を選び出してその者に重大な使命を負わせるとき、その人を命の危機にさらす。例えば、アブラハムには、行き先も知らせず旅立たせた(創世記12章、ヘブライ11:8)。イザヤは、召命を受けたとき、滅ぼされる思いをさせられた(イザヤ6:5)。パウロは、回心する際、地に倒れた(使徒9:4)。

 それは、その者を遣わすのは主であることを知るためであり、その者は自分の意志や力によってではなく、主によって生き、歩むためである(創世記12:4「主の言葉に従って」、イザヤ6:9「行け」、使徒9:6)。

13.わたしたちも、「命の危機」をくぐり抜けて、新しい命に生きる
 わたしたちは、洗礼においてキリストと共に葬られる(ローマ6:3~4)。まさに、「命の危機」を経験する。しかし、そこから、新しい命に生き(ローマ6:4)、キリストと共に生きる(ローマ6:8)。

14.わたしたちの使命は伝道
 神から託された使命を遂行するにあたって、これまでの古い自分に死に、神のために生きる新しい命に生きるようにされる(ローマ6:6、ガラテヤ2:19、エフェソ4:22~24、コロサイ3:9~10)。古い命に死に、新しい命に生かされたならば、モーセがイスラエルの民をエジプトの重労働から解放する使命を神から与えられたように、わたしたちも、人々を罪の囚われから解放する使命を、神から託されているのである。つまり、洗礼を受けた者には皆、伝道の使命が与えられている。

(続く)

ツィポラ、割礼、血の花婿(1) [聖書と釈義]

出エジプト記4章24~26節

注解書が紹介する諸説に惑わされず、聖書そのものをちゃんと読む。

1.主はなぜモーセを殺そうとしたのか
 ファラオの心がかたくなであったのは、ファラオ自身の思いによるものであったが、しかしイスラエルの民はそこに何らかの意味を見出して、主がそうさせたと受け止めた(4:21、7:3、10:20、27、11:10、14:4、8、17)。
 同じように、主がモーセを「殺そうとされた」(24節)のも、モーセが例えば急病で死にそうになったなど、何らかの命の危機に陥ったが、しかしそのことから起きた出来事に何らかの意味を見出し、主がそうなさったと受け止めることもできる。

2.使命遂行に当たって
 主から使命を与えられてエジプトに向かうその「途中」(24節)での出来事である。使命を遂行するに当たって、主は何か大切なことを示されたのではないだろうか。ちょうど創世記32:23~のヤコブのペヌエルでの格闘のように。

3.神によって殺されそうになったのは誰か
 神が殺そうとされたのは、文脈から明らかに、モーセの他は考えられない。殺されそうになったのは息子の方だったと言う説は、ヘブライ語原文が代名詞であることを考慮しても、テキスト上根拠がない。

4.割礼を受けていたか
 モーセとツィポラの夫婦の間に生まれた子ゲルショム(2:22)は、これまで割礼を受けていなかったからこそ、ここで割礼が施された。ゲルショムが割礼を受けていなかったのは、異国ミディアン生まれであったためと考えられる。
 一方、モーセが割礼を受けていなかったとの説があるようだが、創世記17:12によれば生後8日目に割礼を受けることになっていたのであり、モーセは3ヶ月間は両親の元におかれていた(2:2)ので、モーセが割礼を受けていなかった(という設定でこの記事が記された)とは考えにくい。

5.割礼の有無が問題か
 創世記17:14に無割礼の者は断たれるとあるが、ここで割礼の有無が問題だとしたら、息子の方が殺されそうになったはずである。それゆえ、息子が無割礼だったことはここでの問題ではない。

6.割礼の血がモーセの「両足」に付けられた意味
 すると、ポイントは、モーセの「両足」(25節)、すなわち――多くの注解者が指摘しているように――モーセの陰部に割礼の血を付けたという点だろう。この行為によって、モーセが割礼を受けた者であることが強調されている。
 もっとも、割礼の血が誰に付けられたかは、原文では代名詞であって、モーセとも彼の息子とも考えられるが、「血の花婿」の意味を素直に以下のような意味に取れば、ここでツィポラが息子の割礼の血を付けたのは、モーセの「両足」であったとするのが適当であろう。

7.「血の花婿」の意味
 ここで血というのは割礼の血のことであるから、ツィポラが「血の花婿」と言った(25節)のは、「割礼を受けた夫」という意味であり、ツィポラは自分の夫が割礼を受けた者であることを主張したのであった。

8.神との契約関係の強調
 モーセの陰部に割礼の血が付けられたことと「血の花婿」と言ったことと両方あわせて、モーセが割礼を受け、神との契約関係の中にある主の民の一員であることが強調されている。それで、主は、使命を託したモーセを、何らかの命の危機から助けられた。

9.ツィポラの役割
 割礼の血をモーセの陰部に付け、「血の花婿」と言って、モーセが割礼を受けた者であることをはっきりと示したのは、ツィポラである。ツィポラは異国人であったが、この出来事を通して、エジプトに入る前に、自分たちの家族が主との契約関係にある主の民の一員であることを強く自覚させられた。そこに、神の配慮があると見ることができる。

10.使命を遂行するために家族全員が備えられる
 モーセもツィポラも、主から与えられた使命を遂行するに当たって、その前に、自分たちが主との契約関係にある主の民の一員であることを強く自覚させられ、また、無割礼であった息子もこの出来事の中で、割礼を受けて主の民としてふさわしくされるに至った。エジプトでの使命を遂行するために、夫婦も、子供も、家族全員がそれに相応しく整えられるのである。

11.やっぱり、主がモーセを殺そうとした
 結局、モーセが病気か何かで命を落としそうになったことは、エジプトに入るまえに、家族全員が契約の民の一員として整えられるためであった。それゆえ、モーセの命の危機は、主なる神が意図を持って引き起こしたことであったと受け止めることができる。まさに、主が「彼を殺そうとされた」のである。

(続く)

(2012.5.1加筆)


「十人のおとめ」のたとえ――「花婿」はイエス・キリストを意味しているか [聖書と釈義]

マタイによる福音書25:1~13 「十人のおとめ」のたとえ

1.本文批評
 マタイ25章1節で、十人のおとめが「花婿を」出迎えに行くところ(א、B、L、W、f13、33など)を、「花婿と花嫁を」出迎えに行くとする異読がある(D、Θ、itなど)(UBS第4版による)。
 「花婿を」とする本文は、アレクサンドリア型の主要な写本(א、B、L)がこの読みを取り、カイサリア型(f13)の中にもこの読みを支持する写本があることから、まあ、これを採用することができるだろう(UBS第3版はCランク、第4版はBランクでこちらを採用)。
 つまり、「と花嫁」は後から付加された語である。

2.アレゴリカルな解釈による挿入か?
 では、なぜ「と花嫁」が挿入されたのか。その理由としてアレゴリカルな解釈を挙げる説明がある。「花婿」とはキリストのことであるのだから、その「花嫁」としての教会がこのテキストに持ち込まれたのだと(ルツ、EKK、邦訳第三巻、p.950)。
 しかし逆に、キリストは教会を花嫁として迎えるためにやって来るのだから、「花婿」だけが記されているほうがこのアレゴリーと合致しているという考え方もあることをメッツガーが紹介している(Bruce M. Metzger, "A Textual Commentary on the Greek New Testament," Second Edition, United Bible Societies, 1994, p.52f)。
 一方は「と花嫁」がある方がアレゴリカルな解釈に沿うから後から付加されたと言い、もう一方は「と花嫁」がない方がアレゴリカルな解釈に相応しく、これがあるとアレゴリーが乱されるからこれは後からの付加だと言っている。いったい、どっちなんだ?
 しかし、前者ではもともとアレゴリカルには解釈されていなかったということであり、後者でもそもそもアレゴリカルには理解されていなかったと言うことで、結局いずれにしても、元の「花婿を」のみの読みに対してアレゴリカルな解釈はされていなかったと考えることができる。

3.ちなみにメッツガー
 ちなみに、Bruce M. Metzger, "A Textual Commentary on the Greek New Testament," Second Edition, United Bible Societies, 1994.のp.52fにあるマタイ25:1の"καὶ τῆς νύμφης"の挿入に関する説明のだいたいの意味:
"and the bide"の挿入は、比較的有力な写本群によって支持されているが、花婿としてのキリストが花嫁としての教会を連れに来るという広く知られている考え方と整合しないため、これらの語は挿入されない方が蓋然性があるのだという議論がある。しかし、写本家がここにアレゴリーの論理をどれほど見出していたかについては疑問の余地があるし、さらに、これらの語を含めない写本家は結婚式が花嫁の家で行われると考えているのに対し、これらの語を含める写本家は、花婿が結婚式の行われる彼の家(あるいは彼の実家)に花嫁を連れて行くと考えている。古代においては後者の習慣がより一般的であったので、写本家は、これらの語があると〔後の時代になされる〕譬え話のアレゴリカルな解釈が混乱してしまうとはつゆ知らずに、これらの語を挿入してしまったのであろう。実際、この後に出てくるのは花婿だけである。

4.これに関してエレミアス
 エレミアスによって明らかにされたことは、イエスが語る「花婿」という言葉に当時の聴衆がメシアを当てはめて聞いたとはまずありえないということである。エレミアスは、メシアを花婿として寓喩化することは、旧約聖書にも後期ユダヤ教にも全くなかったことを指摘している(『イエスの喩え』新教出版社、51頁)(多くの注解者がこのエレミアスに言及している)。
 もう少しエレミアスを読んでみなきゃ。

5.聖書の文脈から
 さて、そうだとしても、そういった「生活の座」から時が隔たるにつれて、聖書の他の箇所でキリストを花婿に喩える表現(マルコ2:19~20並行マタイ9:15、2コリ11:2、エフェソ5:23)がこの「十人のおとめ」のたとえの理解にも影響したことは想定できることである。
(このあたり、東京神学大学新約聖書神学事典編集委員会編『新約聖書神学事典』教文館の「アレゴリー」の項を参考)。
 そして、その影響のもとにこの福音書が編集されたことも重視してしかるべきであろう。
 このたとえは「天の国」のたとえであり、また、「人の子」の来臨の時がいつであるか分からないことが述べられている文脈にある(24:30~31、33、33~44、45~51、25:1のτότε、25:13)。
 これらの点から、到来が遅れた花婿(25:5)にイエス・キリストを重ね合わせることは可能であり、許されることであろう。もっとも、必ずしもそう解釈すべきというわけではない。

6.結 論
 結局、テキスト本来の意味を重視して、花婿をイエス・キリストに当てはめることを避けるか、あるいは、直截的な寓喩的解釈は避けるとしても、文脈から妥当な読み方として、花婿がイエス・キリストを指しているとするか、両方のアプローチがある。さあ、どっちでいくか? 
 釈義としては花婿をイエス・キリストに当てはめることはできないという結果になっても、説教としては花婿がイエス・キリストを指すとすることも可能であろう。あるいは、13節を“不適当に挿入された編集句”などと愚かな判断をせず(いくつかの注解書に反対)、正典として我々が受け取っているところの1節のτότεや13節を含む文脈を重視して読み解くところまで含めて釈義とすべきであろう。

アガパオーとフィレオー [聖書と釈義]

――ヨハネ21章15~19節――


対話1
イエス「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛している(アガパオー)か。」
ペトロ「はい、主よ、わたしがあなたを愛している(フィレオー)ことは、あなたがご存じです。」
イエス「わたしの小羊を飼いなさい。」

対話2
イエス「ヨハネの子シモン、わたしを愛している(アガパオー)か。」
ペトロ「はい、主よ、わたしがあなたを愛している(フィレオー)ことは、あなたがご存じです。」
イエス「わたしの羊の世話をしなさい。」

対話3
イエス「ヨハネの子シモン、わたしを愛している(フィレオー)か。」
ペトロ「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛している(フィレオー)ことを、あなたはよく知っておられます。」
イエス「わたしの羊を飼いなさい。・・・」

 アガペーは、フィリアよりもより深い愛だとか、より高尚な愛だというような説明がよくなされる。たしかに聖書全体を見れば、そういう違いはある(たとえば、W.バークレー著、滝沢陽一訳、『新約聖書ギリシア語精解』、日本基督教団出版局、1970年。新版が出ているらしい)。

 それで、ヨハネ福音書のこの場面でも、「日本語ではペトロもイエスも『愛している』となっているけれど、聖書の原語では違う単語が使われていて、意味が違っている・・・」などとよく説明される。しかし、ほんとうか?

(1)主イエスは、ご自身の方はアガパオーを使っているのにペトロは常にフィレオーを使っていることに、気がついている。その証拠に、三回目にはペトロの表現に歩み寄って、フィレオーを使って尋ねている。しかしこのことから逆に、アガパオーとフィレオーの違いがこの場面で重要なのではないことがわかる。

(2)もしフィレオーとアガパオーの相違がここで最も重要なことであって、主イエスをアガパオーすることが求められるならば、ペトロがフィレオーで答えた時、主イエスはアガパオーを使って「わたしを愛しなさい」と結んだであろう。

(3)しかし、そうはなっていない。主イエスが三度の対話で三度とも結ばれたのは、「わたしの羊を飼いなさい」ということである。しかも、少しずつ言葉の組み合わせが変えられて(「小羊」と「羊」、「世話をしなさい」と「飼いなさい」)、印象深く語られている。したがって、この場面で最も重要なことは、「わたしの羊を飼いなさい」ということである。

(4)少なくともヨハネ福音書では、フィレオーも父なる神の愛や主イエスの愛に用いられている。
  ① 5:20「父は子を愛して(フィレオー)、ご自分のなさることをすべて子に示される・・・。」
 御子への御父の愛としてフィレオーが使われている。
  ② 16:27「父御自身が、あなたがたを愛しておられる(フィレオー)のである。あなたがたが、わたしを愛し(フィレオー)、わたしが神のもとから出てきたことを信じたからである。」
 御父の「あなたがた」への愛と、「あなたがた」の主イエスへの愛と、どちらにも「フィレオー」が使われている。
  ③ 20:2「・・・イエスが愛しておられた(フィレオー)もう一人の弟子・・・」
 イエスの弟子への愛がフィレオーで記されている。

結 論

 というわけで、
結論1 ヨハネ21:15~19の説教でアガパオーとフィレオーの違いを強調するのはやめましょう。
結論2 中途半端な釈義や生半可な知識に頼って聖書を解説するのは慎みましょう。聖書そのものをじっくり読み、聖書そのものをよく調べましょう。
結論3 そういうわけで、翻訳においても、岩波訳のようにわざわざ「ほれこんでいる」などとする必要はないでしょう。

ピラトの裁判 [聖書と釈義]

――特にマルコにおいて(マルコ15:1-15)

1.ピラトの裁判は不当なものであったか?

 どの福音書も、裁判の手続きをきちんと記そうなどとは考えていない。裁判の手続きに焦点が当てられているのではない。それゆえ、この裁判は偽りに満ちていたとか、不正であったとかを一生懸命述べている本もあるが、そのことが重要なのではない。
 裁判の正当性よりも、ユダヤの宗教的指導者たちの訴えに対する、ピラトの人間としてのあるいは権力者としての対応の姿が各福音書に描かれている。

2.なぜ使徒信条はピラトという固有名詞を出しているのか?

 各福音書が描いているピラトの姿には、それぞれ特徴がある。マタイは、ピラトの責任回避を強調する(マタイ27:24)。ルカは群衆の求めになびいてしまう日和見主義的な姿を記す(ルカ23:23-24)。ヨハネは「真理」を解さない様を記す。それぞれの福音書で異なるピラトが描かれている。
 それぞれの福音書で異なる姿が描かれているからこそ、この裁判でどう振る舞ったかというピラトの対応あるいは態度が重要である。それゆえに使徒信条において、わざわざピラトの個人名が挙げられて、教会の信仰内容が言い表されているのである。

3.マルコの描くピラトは?

 では、マルコはどうだろうか。マルコ福音書においてピラトは、ユダヤの宗教指導者たちがイエスを訴える理由は「ねたみ」(マルコ15:10)であると知っていた。マタイにもこの記述はある(マタイ27:18)が、マタイではこのことは、群衆に責任を転嫁することにつながっていく。それに対しマルコでは、群衆はあまり前面には出ず、ピラトから満足させられる役目を担うだけである(マルコ15:15"τω οχλω το ικανον ποιησαι")。
 つまり、マルコの描くピラトは、マタイやルカのように群衆の求めに強く判断が影響される人物ではなく、また、イエスとバラバのどちらを釈放しようと、あるいは、イエスがどうなろうと、どちらでもよいのである。
 マルコ福音書におけるピラトにとっては、そもそもこの裁判はユダヤの指導者たちのねたみによるものであったのだから、本腰を入れて関わるような裁判ではなかった。ユダヤ人の王を僭称したからといって、ローマ帝国に反逆するような重大な罪ではなく(そう説明している本もあるが)、ピラトにとってはちゃんちゃらおかしい、一笑に付すようなことであった。
 もちろん、ローマ帝国の権威によって裁判を行うのならば、正当な理由もないのにイエスを死刑に処することはできず、ユダヤの宗教指導者たちの思惑通りに動くわけにはいかないだろう。ローマから派遣されてきている総督として、ユダヤの宗教指導者たちのつまらぬ訴えなど突っぱねることも簡単だが、わざわざそうしようとも思えないほどのつまらない内容の裁判であり、まともに首を突っ込んでもしかたがない裁判である。彼らの訴えを認めてやっても、ユダヤの王を自称しているらしい一人の不思議な(15:5)男が死ぬだけである。群衆の求めにわざわざ逆らう必要も感じられない。
 そのようなわけで、ただ群衆を満足させるために、ピラトは主イエスを十字架へと引き渡すのである(15:15)。

4.マルコにおける焦点はどこか?

 マルコは、他の福音書のようにイエスとバラバを対比させることには、あまり関心がない。群衆の登場も効果的には描かれてなく、ピラトの無関心な様を引き立てるだけである。ユダヤの宗教指導者たちも相談(あるいは協議)して、自分たちの手で処刑せずに、ピラトに委ねてしまっている。結局、ピラトも、群衆も、ユダヤの宗教指導者たちも、この裁判の判決に主体的に関わろうとしていない。今風の言い方で言えばたいへん「ゆるい」仕方でしか主イエスの十字架刑の決定に荷担していない。
 しかし、十字架への「引き渡し」(15:1,15「パラディドーミ」)とは、まさにこのようなものではないだろうか。誰もが刑の宣告への主体的な関わりを避け(「十字架につけろ」という群衆の声が若干強いが、それも祭司長たちに扇動(11節)されたもの)、それでいて、なんとなく皆の思惑どおりに事が進む。これが人間のなすことである。それが、主イエスを十字架へと「引き渡す」のである。
 そのような引き渡しに、主イエスはもはや何も声を発することなく(15:5)従う。言わば、主イエスは十字架への道を引き受けられる。
 それは、「御心に適うことが行われますように」(14:36)とゲツセマネで祈ったとおり、このような歩みが父なる神の意志であると受け止めていたからである。
 ここに、刑の宣告を引き受け、死に至るまで父なる神に従順に(フィリピ2:8)歩まれる主イエスと、主体的な関わりを引き受けず、自分の思惑のままに歩もうとする人間とが対比させられている。

それは、あなたが言っていることです。 [聖書と釈義]

――主としてマルコから――

1.最初に二つのことを確認しておく。

(1)主イエスに問い返される
 主イエスが問われた問いを逆に相手に投げ返している記事が、いくつかある。たとえば、離縁は律法に適っているかと問われて、主イエスは逆に「モーセはあなたたちに何と命じたか」と問い返されている(マルコ10:2~3)。また、祭司長、律法学者、長老たちが主イエスの言動の「権威」を問題にしたとき、主イエスは逆に、洗礼者ヨハネの洗礼がどこからのものであったかを問い返している(マルコ11:27~33)。皇帝に税金を納めるべきかどうかを尋ねられたときには、逆にデナリオン銀貨を持ってこさせ、「これは誰の肖像と銘か」と問い返している(マルコ12:13~17)。

(2)主イエスを誰というか
 主イエスを何者とするのかということは、信仰において重要な主題である。主イエスが突風を叱りつけ、荒れた湖に「黙れ、静まれ。」と言うと風が止んだとき、弟子たちは、「いったい、この方はどなたなのだろう」と言い合った(マルコ4:35~41)。弟子たちが主イエスから「あなたがたは私を何ものだと言うのか」と問われて、ペトロが「あなたはメシアです」と答えた(マルコ8:29)。主イエスが十字架上で息を引き取ったとき、百人隊長は「本当に、この人は神の子だった」と言った。

2.「それは、あなたが言っていることです」(マルコ15:2)の意味

 こうしてみると、イエスがユダヤ人の王であるかどうかとは、主イエスが自ら名乗って答えるものではなく、主イエスと出会った者がこの方を何者とするのかという問題である。それゆえ、問いを投げ返すように、あなたがそう言うならばそうだと言葉が返されている。
 したがって、「それは、あなたが言っていることです」とは、あなたが勝手にそう言っているという意味では全くない。あるいは、答えることを拒否したりはぐらかしたりしているのでもない。

3.ピラトとイエスの次元の違い

 ポンテオ・ピラトは祭司長たちの訴えにしたがって「お前はユダヤ人の王か」と言ったのであって、自分自身がどう思うかなど全く考えもしないことであったろう。しかし、主イエスにとっては、自分のことを何者というかという問いは、常に、問う者の主体的な信仰告白の問題なのである。それゆえ、わたしたちにとっても、このお方をどなたとするかが信仰の重要な中心である。

4.王なる主イエス

 ピラトは祭司長たちの訴えにしたがって、イエスに対し「お前はユダヤ人の王か」と尋問した。ローマ帝国の支配下にあって王を自称することは帝国への反逆であるかもしれないが、特に帝国に対して反旗を翻す政治活動を展開したわけでもないのだから、ピラトにとっては、勝手に王を自称している不思議な人にすぎないのであって、本腰を入れて裁判するような問題ではない、一笑に付す程度のことでしかなかったかもしれない。
 いずれにしてもピラトにとっては、王とはこの世の意味での支配者であった。
 しかしイエスがユダヤ人の王であるとは、主イエスは神の民イスラエルの王であると信仰を持って告白することである。主イエスは、神の国の支配を世に現すお方である。主イエスは、わたしたちの王として来られた(エレミヤ23:5、ミカ5:1、ゼカリヤ9:9など)。わたしたちは、主イエスによって神の国が到来していることを認め、わたしたちがその御国に入れられていることを喜ぶ。そして、イエスを王として(黙示録17:14)あがめるのである。

幼子イエスを東方から拝みに来た者たちは何者か(2) [聖書と釈義]

1.しかし、重要なことは、占星術師か占星術家か占星術者かということよりも、神が異邦人の、しかも神との関係に反する(王下23:5、イザヤ47:13-14、アモス5:26、ゼファニヤ1:5)星占いや星辰礼拝に通じるmagoiを用いて幼子を礼拝させた(マタイ2:11)ことである。

2.異邦人である彼らが幼子イエスを礼拝したことは、イエス・キリストが異邦人の礼拝すべきお方であることを示している。すなわち、「神は我々と共におられる」(マタイ1:23)ということがユダヤ人のみならず異邦人にも及ぶことを意味している。

3.でもそれだけであれば、彼らは異邦人であるだけでよく、占星術師である必要はない。占星術師である彼らが幼子イエスを礼拝したことに、どのような意味があるのだろうか。
 ルツ(EKK)は、異邦人がイスラエルの王を礼拝したことと、そこにある神の導きとが重要であることを指摘しているが、イエスを礼拝した彼らが占星術師であったことにはあまり着目していない。
 神との関係に反する占星術師である彼らが幼子イエスを礼拝したことは、罪深い者が礼拝へと導かれることを意味している。神を礼拝するにふさわしくない罪深い者が、しかし、礼拝へと導かれるのである。

4.いったいどのようにして、罪深い者が神礼拝へと導かれるのか。それは、この幼子が異邦人をも「自分の民」として「罪から救う」ことによって実現される(1:21)。

5.したがって、占星術師たちが幼子イエスを礼拝したことは、神礼拝が異邦人にも開かれ、神は異邦人とも、共にいてくださるということを意味しているだけでなく、それ以上に、神との関係に反する罪が赦されるということがあるのであり、そのような罪の赦しの救いによって、神の民へと加えられることを意味している。

幼子イエスを東方から拝みに来た者たちは何者か(1) [聖書と釈義]

マタイ2:1~12

1.ギリシア語のmagosは、学者とか博士とか知者とか賢者とか占星術の学者とかいろいろに訳されている。いったいどう訳すのがよいだろうか。

2.彼らは、a)東方の者で、b)星の動きを観察する者(バビロニアを思わせる)であって、c)黄金、乳香、没薬(アラビアを思わせる)を持ってきた(イザヤ60:6、『旧約新約聖書大辞典』の「博士」の項を参照)。これらのことから彼らは異邦人であったことが分かる。

3.彼らは、星の動きを専門的に観察する者であったからこそ、不思議な星を発見し、その星のただならぬ不思議さに気づくことができた。しかも彼らは、その星がユダヤ人の王となる方の誕生を告げていることを知った。ということは、彼らは、ユダヤ人たちの聖書も占星術の参考資料に加えていて、聖書の中の星や天体に関する記述も調べていたのではないか(特にここでは民数記24:17)。さらに、ユダヤ人の王として誕生された方は、ユダヤ人のためのみならず自分たちにも関わるお方であることを、彼らはその星の観察を通して気づかされた。もちろんこれらのことはすべて、神がそのように導かれたと言えるだろう。

4.彼らは、単に学者とか博士であったのではない。学者とか博士では、なんだか、学問のある人たちだったからユダヤ人の王となる方の誕生を知り得たみたいになってしまう。知者とか賢者と言ってはなおさらである。
 ギリシア語のmagosは、もともとペルシアで天文学ないしは占星術に携わっていた人たちの名前であったという(『ギリシア語新約聖書釈義事典Ⅱ』)。その地の宗教の祭司の職務と結びついていたようなので、彼らは社会的に重要な役割を果たす者たちであったといえる。そうであるならば、やはりマタイ2章の彼らも、当時の占星術というある意味で学問的な営みに携わる人たちであったとしてよいだろう。すると、やはり「占星術の学者」とするのがよいか。
 あるいは、もともとギリシア語で一語であるので、そのことを考慮して「占星術師」とするのがよい。「師」とすることで、社会から重んじられた指導的な地位にある者という意味合いを持たせることができる。「占星術家」では特殊技能を持った個人であることが強調された感じだし、「占星術者」では単に占星術をする人という程度で、星のただならぬ不思議さに気づいても行動を起こしそうもない。

5.というわけで、結論: 彼らは異邦人で、「占星術師」であった。

ダビデとゴリアト(3) [聖書と釈義]

1.この物語は、「柔よく剛を制す」とか「武蔵と小次郎」、「弁慶と牛若丸」といった感じであって、そのような意味でよく引用される。そのこと自体は悪いことではない。しかし、単なる昔話ではないだろう。いったい、聖書の中でどのような意味を持っているだろうか。

2.戦いを知らない「姿の美しい少年」であるダビデがペリシテ人を打ち倒したことに、イスラエルの民の歩みが象徴されている。すなわち、イスラエルの民は貧弱な民(申命記7:7)であったが、このダビデを王として、諸国からの侵略を退けて国家を建設してゆくのである。
 この出来事を通してイスラエルの民は、自分たちの「剣や槍」ではなく神の意志によって、敵の脅威から救われる民とされてゆく。主なる神によって特別に選び出されたイスラエルの民を存続させるのは、主御自身である。

3.以上のことが、サムエル記上17:47の「主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされない」という言葉に表されている。この言葉は、次のように続く。この「ことを、ここに集まったすべての者は知るだろう。この戦いは主のものだ。」
 主御自身がイスラエルを救いつつ導いてくださることを、イスラエルの民も知らなければならないし、そのように主によって救われつつ導かれる民が地上にあることを、周囲の他の者たちも知らなければならない。ゴリアトの挑戦は、このことに反しているゆえ、ダビデはゴリアトを「生ける神の戦列に挑戦する」者と言う(26、36節)。
 したがって、「この戦いは主のものだ」という言葉も、ダビデが自己正当化していわゆる聖戦であるかのように言っているのではなく、イスラエルの民への主の御計画と御業がダビデを通して示されていると見るべきである。

4.そういうわけでダビデとゴリアトの出来事は、“神への堅い信仰があれば、この世の策略などなくても、力が弱くても、困難な現実に打ち勝つことができる”という安易な教えを語っているのではない。ダビデのように立派な信仰を持って、この世の困難を乗り越えていきましょうということではない。
 イスラエルの民という限定を超えて、キリスト教会は神の意志によって救いをいただいている集いである。教会は世に救いの御国を顕していくが、それは、この世の知恵によらずただ神の力による。そして、教会に集められた者たちは、何ら自分を誇ることなく、かえって自らを小さく取るに足らない者と認める。

ダビデとゴリアト(2) [聖書と釈義]

ダビデとゴリアトの物語についてのテキスト上の問題

1.サムエル記上17章の後、サムエル記上21:10、22:10ではダビデがゴリアトを倒したとされているが、サムエル記下21:19では、エルハナンがゴリアトを倒したことになっている。歴代誌上20:5では、エルハナンが倒したのはゴリアトの兄弟ラフミになっている。
 歴代誌の記述は全体的に、サムエル記と列王記を資料としつつ、独自の視点で書き換えられているので、サムエル記上17章と矛盾しないようにサムエル記下21:19を書き換えたと理解できる。すると、残るのは、ゴリアトを倒したのはダビデだという記述と、エルハナンだという記述の相違である。同じサムエル記の中でなぜ矛盾した記述があるのだろうか。
 よく世間で、聖書はそれを信奉する宗教によって都合よく書き換えられているという説が見受けられるが、ダビデとエルハナンの矛盾が残されている事実は、聖書はそのような恣意的な作業によって成立したのではなく、様々な伝承を経て歴史の経過の中で成立したことの一つの証左であり、表面的には矛盾を残しつつも、根底に何か意図があると見るべきであろう。
 この箇所は、エルハナンがゴリアトを倒したという言い伝えがあって、それが、ペリシテ人を打ち破ってイスラエルの国家を堅固にしたダビデの物語と結びついたと理解できる。

2.この物語は、16章でダビデが油を注がれたことを全く前提にしておらず、17:12以下であらためてダビデを紹介している。さらに、55~58節では、サウルとダビデは全く面識がない関係として記されている。これらの部分、すなわち、12~31節、55~18:5は、七十人訳聖書において欠けている。このことは、この物語について二つの伝承があって、それらが七十人訳聖書の成立以降に組み合わされたと考えることができる。
 ここでも、表面的には矛盾をはらみつつも二つの伝承が結合されるという仕方でサムエル記が編集されたことには、何か意味があると見るべきである。

3.ちなみに、KJVでは、サムエル記下21:19でもエルカナンを倒したのはゴリアトの兄弟ラフミということになっている。このような異読はBHS4版にもRahlfsの1巻本の七十人訳にも注記されていない。おそらく、歴代誌上の記述をサムエル記下に持ってくることで、サムエル記上17章との矛盾を解消しようとしたものであろう。KJVが最初かどうかはわからない(もしかしたら、KJVの以前にすでにそのような訳があったのかもしれない)が、KJVが広く影響を及ぼしたことは否めないだろう。
 そのため、邦語訳聖書では、文語訳聖書がKJVと同様にサムエル記下21:19でエルカナンが倒したのはゴリアトの兄弟ラフミとしている。口語訳ではゴリアテに直っているものの、新改訳はKJVや文語訳のままである(新改訳第3版でも同じ)。

ダビデとゴリアト(1) [聖書と釈義]

1.2010年サッカーワールドカップ南アフリカ大会で、日本が6月14日のカメルーン戦に1-0で勝利した後、イビチャ・オシム(Ivica Osim)前日本代表監督は次のように語ったという。
「巨人ゴリアテの役割をカメルーンが担い、小柄なダビデを日本が担っていた。」
(この訳は読売新聞より。)

原文は、
"Cameroon played giant Goliath and Japan played tiny David."
TimesLIVEのサイトより。)

2.ダビデとゴリアト(日本で言い習わされている表記はゴリアテ。英語ではゴライアス。最後のスはthの発音)の話は、旧約聖書のサムエル記上17章にある。
 旧約聖書の民であるイスラエルにとって、ペリシテ人はことあるごとに敵対関係にあった(なお、カナンの地がパレスチナと呼ばれるようになったのは、ペリシテという地名に由来している)。
 イスラエルがサウル王の時代、ペリシテ人の中からゴリアテという身長約3mの巨人が一対一の一騎打ちを望んでイスラエル軍に呼ばわった。
 サウルとイスラエルの軍隊は恐れおののいたが、羊飼いで、姿の美しい紅顔の美少年であるダビデは、「獅子の手、熊の手から私を守ってくださった主は、あのペリシテ人からも、わたしを守ってくださるに違いありません。」と言って、結局鎧も兜も身に着けず、ただ小石を石投げ紐で飛ばしてゴリアテの額を打ち、ゴリアテを倒した。
 それ以降、ダビデは戦いに派遣されるようになり、そのたびに勝利を収めた。ダビデが町に帰還すると、女達は「サウルは千を討ち、ダビデは万を討った」と言って迎えた。このことがサウルを激怒させ、ダビデの命が狙われることとなったが、このことは、やがてサウルからダビデへと王位が移るきっかけとなった。また、ペリシテ人を退けることでイスラエルはパレスチナにおける国家的主権を確立することとなった。

鶏は何度鳴いたか [聖書と釈義]

マルコ14:30、68、72

1.
マタイもルカも1度。マルコには1度の写本と2度の写本あり。もともと1度だったのを写字生が2度に誤った(あるいは理由あってわざと書き換えた)というよりも、逆に、もともとは2度だったのをマタイやルカに調和させて1度に書き直したというほうが蓋然性が高い。
マルコは他の福音書と違って、鶏が鳴いたのが2度であることが独特なのである。

2.
シナイ写本は重要な写本であるが、30節、68節、72節ともことごとく1回に揃えられているので、この点に関しては信用できないと冷静に判断すべきである。
シナイ写本と同じアレクサンドリア系でこれも重要な写本であるBは、主イエスの言葉に「2度」と記す(30、72)。ただし、68節での一度目は記さない。しかし72aの「再び」(エク・デューテルー)は記す。
その他の写本については省略。

3.
全体としてマルコでは鶏は二度鳴いたということでよいだろうが、68節の一度目の記述は微妙である。ネストレも、前版ではこれを本文に入れていなかったが、27版で角カッコ付きで入れた(27版のアパラタスにあるダガーは、前版とは異なるという意味)。
二度鳴いたということでいえば、一度目がある方がしっくり来る。これがないと、一度目はいつだったかしらと疑問に思う。だとすると、68節の一度目は元々記されていなかった方が蓋然性が高い。後から書き直された方がしっくり来るように書かれることになるはずだからである。
つまり、マルコにおいて、鶏が鳴いたのは二度であるが、一度目は記されていないのである。

4.
これをどのように考えたらよいだろうか。もし、一度目がはっきり鳴いたのであれば、そしてそれをペトロがちゃんと聴いていれば、ペトロはその一度目の時に主の言葉を思い出したであろう。そして、このあと二回の主の否認を思いとどまったかもしれないし、やはりそれでも主を否まねばならなかったとしてももう少し違った形になっていただろう。
しかしペトロは、一度目では主の言葉を思い出さない。ペトロには聞こえなかったのか? いや、聞こえていなければ、二度目の時にそれが二度目だと分からなかっただろう。一度目が聞こえていたから、二度目に鶏が鳴いたとき、主の「鶏が二度鳴く前に」の言葉どおりになってしまったことに泣き崩れるのである。
では、一度目は何だったのか。ペトロは確かに耳にはした。しかし、もっと別のことに思いが囚われていて、鶏鳴に注意がまったく向かなかった。それほどまでペトロは動揺していた。女中から問われて。何食わぬ顔で大祭司の屋敷の中庭に入り込み、自分の素性は隠しておきたいのに、ずばりと指摘されて。そして、何とかその場を取り繕う自己保身にあわてふためいていたために。それで一度目の鳴き声は、聞こえたけれども、頭の中の混乱と動揺にすぐにかき消されてしまったのである。

5.
それで、マルコは一度目の鶏鳴を記さない。動揺し、必死になって主との関わりを否定するペトロの姿――そしてこれが我々人間の姿ではないか――がここに強調されている。一番弟子であっても、主の十字架への歩みにおいては、主を十字架へと追いやる方に荷担してしまう罪深さを逃れられない。いや、こういうときであるからこそ、人の罪深さが如実に明るみに出されるのである。

ペトロの涙の意味 [聖書と釈義]

マルコ14:72 επιβαλων εκλαιεν

1.エピバローンが他の語になっているとか、エクライエンが別の時制になっているとかいくつかの異読があるが、写本の状況からこれを本文として採用できるだろう。アオリストになっていないとすっきり来ないとかいろいろあるかもしれないが、マルコのギリシア語があまりこなれたものでないことを考慮すればそう問題ではない。

2.古来、さまざまな解釈がなされ、いろいろな翻訳がなされてきたようだが、マルコがつたないなりに一生懸命活き活きとした描写に努めている(「艫の方で枕をして」4:38とか、「この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど」9:3とか)ことを思えば、あまり突飛な訳をあてがうよりも、エピバローの普通の意味を念頭に置いて、ここでもマルコが何か劇的な光景を記そうとしているのではないかと考えるほうがよい。
 そうすると、ここの意味は、「くずおれて泣いた」とか「泣き崩れた」という感じがよいのではないか。RSVをはじめNIV、ESVなどの"he broke down and wept"が良い訳。

3.ということは、この箇所について“泣いて悔い改めた”というような注解や説教があるかもしれないが、それどころではない。ペトロは、自らのふがいなさに打ち崩れ、挫折し、打ち倒れたのである。31節のような勇ましい思いは完全に敗北し、主が言われたとおりになって主との関係はもはや取り返しがつかない事態に陥り、絶望に落とされたのである。

4.しかしそれは、やがて、ただ復活の主によって立ち上がるためであった。絶望の淵から立ち上がるのは、主に従おうという自らの確固たる決意でもなければ、信仰の激しい情熱でもなく、このお方こそ主だとの冷静な判断によるのでもない。ペトロは、ただただ、死を打ち破って復活された主によって、決して損なわれない主との新たな結びつきへと変えられるのである。

5.きちんと本文批評に取り組むことで見えてくる使信がある。もっとも、いつも本文批評をしている余裕はないのだが。


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